2009年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞 選考結果について(講評)選考委員(五十音順)、*委員長 黒田光太郎(名古屋大学) *白楽ロックビル(お茶の水女子大学) 平田光司(総合研究大学院大学) 松原克志(常磐大学) 桃木暁子(京都精華大学) 科学技術社会論学会では、財団法人倶進会の厚志をいただき、2005年度から「科学技術社会論・柿内賢信記念賞」(「かきうち よしのぶ」と読む)を設け、会員・非会員を問わず公募しています。5回目となる今年度は、8件(学会賞1件、奨励賞5件、実践賞2件)の応募がありました。 受賞者の選考に当たり、当学会は選考委員会を設置し、選考委員会では公募終了直後から1ヶ月かけて、慎重に審議を重ね、下記のとおり学会賞1件、奨励賞2件、実践賞1件を授与することに決定しました。 【選考結果】学会賞:- 杉山 滋郎「「討論型世論調査」を科学技術への市民参加に活かす可能性を探る」
研究助成金 50万円 奨励賞:- 加藤 直子「科学研究機関一般公開日の来場者調査による文化的再生産モデルの検討」
- 鈴木 貴之「ポピュラー脳科学の実態の分析と脳科学リテラシーの可能性にかんする研究」
研究助成金 各30万円 実践賞:研究助成金 40万円 <研究内容要旨は別紙参照> 【選考過程】選考に当たって、選考委員5人は各人の基準で選考しましたが、選考委員の専門、経歴、年齢、性別、地域など、多様であり、結果的にその価値基準の多様さが反映された審査であったといえます。各候補については、応募とは異なる部門における授賞の可能性も考慮しましたが、いずれも応募部門での受賞となりました。 選考委員内の制度化された「選考基準」はありませんが、以下のことは議論しました。 - 「応募者と利害関係が強く、選考委員自身あるいは他人から公正性が欠けると憶測されそう」な場合、その選考委員の評価を除外する。
- 同じ人が2つ以上同時に受賞することはしない。
- 同じ研究室から2人以上同時に受賞することはしない。
- 同じ人・研究室から2年連続で受賞することはしない。
- 昨年度指摘された以下の配慮点も選考委員に伝えた。「 平均して中程度に支持されている人よりは、一部でも高く評価する委員がいる候補を尊重すべき」。「科学技術社会論としての意義」。「方法論が弱い、というのは全体に言えることだ。そこが弱くないのは、むしろ、既成の「パラダイム」の中で行う仕事である、ということで、傾向として面白みは少なくなる」。
実際に、1のケースでは、平田選考委員から申し出があり、奨励賞の審査から外れていただきました。2~4のケースはありませんでした。 【選評】 学会賞: 杉山 滋郎「「討論型世論調査」を科学技術への市民参加に活かす可能性を探る」杉山氏は科学史の研究者であるとともに、2005年度から北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニットの代表を務められてきました。この間に、多様な科学技術コミュニケーターの養成ならびに科学技術コミュニケーション教育の体系化に尽力し、科学技術社会論に大きな寄与をしてきました。とりわけ、『科学技術コニュニケーション』の創刊、「プロジェクト実習」の教育プログラムへの導入において成果をあげています。また、ナノテクノロジーをテーマにした「ミニ・コンセンサス会議」の実行委員長や北海道主催「遺伝子作物の栽培について道民が考える「コンセンサス会議」」の実行委員長、北海道食の安全・安心委員会委員として、「科学技術への市民参加」を促進する活動にも従事して来ました。これらの活動の経験をとおして、政策決定とコンセンサス会議を結びつける際の難点を克服するひとつの途として、本研究計画として「討論型世論調査」を科学技術への市民参加に活かす可能性を探ることが提案されたと思われます。「討論型世論調査」を科学技術と社会との境界面で議論を醸しているテーマにおいて実施し、その可能性を実践的および理論的な面から検討することは、科学技術社会論の新たな発展のきっかけとなるとの認識から「学会賞」に値すると判断しました。 奨励賞: 加藤 直子「科学研究機関一般公開日の来場者調査による文化的再生産モデルの検討」加藤氏の研究は自然科学系研究機関のアウトリーチ活動について、特に一般公開というイベントにおいて個々の来場者に注目し、来場者の興味、満足度だけでなく、どのような人がくるのか、また、来ないのかを分析し、日本における科学文化の社会的背景を探るものです。このために、ブルデューの文化的資本の概念を援用し、来場者の文化資本的背景に注目して「科学・技術的資本」と「文学・芸術的資本」それぞれの資本保有率と科学的消費との関連を探ります。科学コミュニケーションにおける議論では市民の多様性についての認識はあるものの、科学コミュニケーションを通じて市民の多様性を研究するという方向性はほとんど無いと思われます。本研究はまさにこの方向への第一歩を示すものであり、科学を文化的活動の一環と位置づけ、社会における科学文化のありかたを組織的にさぐる点に新規性があります。科学文化の視点から科学社会学を構築し、また、科学コミュニケーションの理論的深化を目指すものとして期待されます。 奨励賞: 鈴木 貴之「ポピュラー脳科学の実態の分析と脳科学リテラシーの可能性にかんする研究」鈴木氏の研究は、脳科学が急速に発展し、研究成果を一般向けに紹介する言説が書籍はもとより、テレビ、雑誌などのメディアにあふれ、「脳科学ブーム」とも言える状況で、社会は脳に関する言説をどう扱えばよいかを探ろうとするものです。具体的にはポピュラー脳科学の実態を分析し、それに対処するうえでの一般市民に必要となる科学リテラシーを明らかにしようとしています。まずポピュラー脳科学の類型、特徴・問題点を明らかにするため一般向けの脳科学関連書籍の収集と分析、先行研究の分析をしようとしています。第二にポピュラー脳科学に含まれる不正確な情報に一般市民が影響されるのを防止するための、脳科学リテラシーともいうべき、能力を身につける方法を検討しようしています。このため専門家である脳科学者やサイエンスライター、科学コミュニケーターの役割を分析しようとしています。本研究で対象となる脳科学は先端研究といえます。したがって先端研究であるがゆえに想定される不確実性が脳科学には内包されているといえます。本研究では社会的ブームによって一般社会にその不確実性に配慮しないまま脳科学の知見が普及することの問題を鮮明にし、解決策を提案しようとするものとして評価され、最終的に受賞が決定されました。 実践賞: 杉井 重紀「世界で活躍する理系人材育成の方法論」杉井氏は、米国にある医学・生物学分野の研究機関に在籍する研究者であり、「科学技術を社会に浸透させる上で鍵となるのは、人材であり、それを育成する教育システムであるが、現在、日本の大学院の教育システムは他の先進国に比べて未熟である。」という認識の下に、日本の理工学系大学院の新たな教育システムの構築に貢献すべく、日米の理工学系大学院の教育システムおよび卒業生の就職先について、実体験に基づいた調査によって比較研究を行うことを提案しています。 具体的には、「実体験に基づく日本と米国の理科系大学院教育システムの比較」「「なぜアメリカの院を選んだか」ケーススタディー」「注目される研究分野・研究者と求められる人材」の調査」「海外の科学教育事情に精通し、世界で活躍する人材へのヒアリング・インタビュー」という4項目について、米国の大学院の留学生および卒業生の体験を元にした調査を行ない、その結果を分析・考察すること、その研究結果をインターネットや書籍を通じて一般公開することが計画されています。 日本でも、「科学技術基本計画」などに人材育成の重要性が強調されてはいますが、具体的なビジョンと方策が示されているとはいえない現状で、このような現場に基づいた研究の成果が広く一般公開されることが、何らかの風穴を明けることに通じるのではないでしょうか。 【選考を振り返って】「科学技術社会論・柿内賢信記念賞」は、2005年度から開始しましたが、今年度(2009年度)の応募数は8件で、2008年度の17件から大きく減少しました。この原因を考えてみるに、本賞の魅力・必要性が低下したためではなく、広報が8月中旬開始で応募締め切りが8月末という短期間であったことが、大きな原因だと思われます。今後、余裕を持った広報活動をしていきたいと思います。 なお、2005年度に制定した本賞の細則を、2009年春にいくつか改訂しました。大きな点は以下の2点です。 - 従来の名称「柿内賢信記念賞研究助成金」から「科学技術社会論・柿内賢信記念賞」と改名した。科学技術社会論とは無関係と思われる応募があり、名称から賞の内容を推察できるようにした。
- 従来の名称「柿内賢信記念賞研究助成金」の「研究助成金」を削除した。従来の「賞」と「研究助成」を合わせた趣旨の曖昧な点を、基本的には「記念賞」という「賞」に変え、「研究助成金」は「賞」に付随したものと位置づけた。
最後に、応募数が少数であったとはいえ、内容はどれも素晴らしい。来年度は、同じように素晴らしく、かつ多数の応募があることを期待しています。 【統計データ】
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