科学技術社会論学会会長 山口 富子

このたび、第105回理事会において第9代会長に選任されました。本年より、小林傳司監事、柴田清監事のご指導の下、綾部広則副会長、直江清隆副会長を含む19名の理事とともに、学会運営に尽力してまいります。どうぞご支援のほどよろしくお願い申し上げます。私自身はアメリカでの学位取得を終えて帰国した直後の2005年に本学会と出会い、以来約20年にわたり本学会にお世話になってまいりました。初めて年次大会に参加した際に、専門領域や立場の違いを超えて相互に耳を傾け、丁寧に応答し合う姿勢が印象的でした。とてもオープンな学会であるという印象を受けたことを今でも鮮明に覚えています。
今回、会長に就任するにあたり改めて設立趣意書に目を通しました。そこには、21世紀を迎えて複雑化する科学技術と社会の関係に対し、「新たな関係の構築」が必要であるという強い問題意識とともに、人文・社会科学と自然科学を架橋するトランス・ディシプリナリーな知のあり方が明確に示されています。この理念に基づき、本学会は、科学技術と社会の界面に生じる多様な問題に対して、批判的かつ建設的に向き合うフォーラムとしての歩みを重ねてまいりました。こうした歩みは、設立以来、会員の皆様が積み重ねてこられた知的営為と対話の成果によるものであり、そのご尽力にあらためて深い敬意と感謝を申し上げます。
現在、社会は生成AI、ゲノム編集、再生医療、脱炭素社会に向けた技術革新など、急速な技術変動のただ中にあります。これらの技術は、制度や価値観に深く揺さぶりをかけ、科学技術が単なる「手段」にとどまらず、社会的想像力や規範の形成にまで影響を及ぼす存在であることをあらためて浮かび上がらせています。こうした現状は、本学会の設立趣意書に記されている「人工物環境の拡大」や「価値観との相克」といった課題意識とも深く重なります。加えて近年では、地政学的な緊張の高まりや、国内外で学術研究の自由と持続性をめぐる制度的な揺らぎも顕在化し、研究活動そのものが大きな転換点を迎えています。技術革新と制度的・構造的な変化が同時に進む中で、「科学技術が社会に何をもたらすのか」「科学技術は誰のためにあるのか」といった根源的な問いは、これまで以上に切実な意味を帯びつつあります。このような局面においては、知の自由を確保しつつ、その社会的責任のあり方を問い続ける姿勢が、これまでにも増して求められています。
そうした問いと向き合う学会の土台として、あらためて注目したいのは、学生会員が着実に増加しているという大変喜ばしい傾向です。この勢いをしっかりと受け止め、若手が自ら問いを立て、世代を超えた知的協働が育まれるような学会運営を目指してまいります。若手研究者の自由な探究を支えながら、安心して挑戦できる場を整えていければと思います。また、国際的な対話にも、積極的に関わってまいりたいと考えています。既存の国際ネットワークとのつながりをさらに深めつつ、本学会としての情報発信のあり方を検討し、より継続的で実質的な交流が育まれるよう努めていきたいと思います。さらに、STSの知見を、社会に開かれたかたちで共有していくことも引き続き大切にしたいと考えています。政策や教育、実践といった多様な現場とのつながりを意識しながら、社会とともに問いをつくり出していくような活動を支援していければと思います。
本学会の展望を支える基盤となっているのが、学際性と自由な対話を重んじる姿勢です。異なる分野や立場にある研究者・実践者が集い、対話を通じて新たな視座を共に育んでいく場です。今後もその理念を継承しつつ、より開かれた知的交流の場として発展させてまいりたいと考えております。学会運営にあたりましては、会員の皆様の豊かなご知見とご経験に学びながら、歩みを進めてまいりたいと思います。引き続き、ご支援とご助言を賜りますよう、お願い申し上げます。