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投稿日 2025年11月18日

2025年度学会シンポジウム「揺れる気候対策」開催報告

  • 開催日
    2025年10月26日

科学技術社会論学会は、2025年度シンポジウム「揺れる気候対策:トランプのアメリカと知の秩序の再編」を10月26日(日)にオンラインにて開催し、76名が視聴しました。本シンポジウムは、気候変動をめぐる争点が科学的論証にとどまらず、政治・文化・メディアが絡み合う領域へと拡大する中で、科学知の正当性や社会的信頼が再構成されつつある現状を、STSの視点から検討することを目的としたものです。司会は寿楽浩太理事がつとめ、冒頭挨拶では山口富子会長より、2011年に『科学技術社会論研究』第9号の特集「地球温暖化問題」で整理された観点をふりかえり、温暖化論争は単に「科学の正しさ」をめぐるものではなく、「科学制度への信頼」をめぐる社会的論争であることが強調されました。

第1講演では江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター 副センター長/教授)が、第2期トランプ政権下で気候変動懐疑・否定論が制度レベルで主流化しつつある状況を報告しました。特に、保守系シンクタンクが主導した政権移行計画「プロジェクト2025」が、EPA(環境保護庁)やNOAA(アメリカ海洋大気庁)といった科学的評価機関の弱体化、パリ協定離脱、再生可能エネルギー政策の縮小などを体系的に掲げ、それが確実に実行されている点が紹介されました。

これは単なる政策の方向転換ではなく、気候科学に基づく統治の制度的前提そのものを再設計しようとする動きであり、極めて深刻な事態であると指摘されました。また、化石燃料産業・保守系シンクタンク・宗教的価値観・メディアが長期のネットワークを形成し、懐疑論が文化戦争の一部へと位置づけられてきた過程も示されました。

第2講演では三井誠氏(読売新聞東京本社 調査研究本部 主任研究員)が、2015年から2018年のワシントン特派員時代の現地取材も交えながら、アメリカ社会における科学不信の実態を報告しました。科学的知識が増えることが必ずしも科学的合意への収束を導かず、むしろ政治的立場・宗教的信念に応じて理解が極端化する「知識の分極化」が示されました。

続いて、炭鉱産業に従事する市民への取材をもとに、気候政策が「生活の基盤」「地域の誇り」を脅かす場合があり、科学論争が「どちらの側に立つか」というアイデンティティ選択の問題として受け止められる現場が紹介されました。その上で、対立を乗り越えるためには、相手を説得するよりも、何を不安に感じ、何を守ろうとしているのかを聴く対話の姿勢が重要ではないかと指摘しました。

パネル討論では寿楽氏が進行しながら、以下の問いについて議論されました。
· 科学の正統性をどのように説明・共有すべきか
· 科学報道における両論併記の問題と科学的コンセンサスのバランスとは
· 少数派の未科学と組織的懐疑論をどう区別するか
· 科学の権威を相対化するSTSの立ち位置の内省と、懐疑論との線引き・批判
· 教育や報道における権威と批判のありかた

これらに対し、登壇者からは、科学の正統性を単に「説明」するのではなく、科学が社会においてどのような制度的保障と倫理的責任を負って成立しているのかを明示する必要性が述べられました。特に、STSは主流科学の権威性を批判的に扱うだけではなく、対抗的権威(懐疑論)がどのように資金・制度・感情動員に支えられて形成されるかを可視化する役割を担うべきであるこという意見も共有されました。

総じて本シンポジウムは、科学、そしてSTSはその意義と現状を社会から厳しく問われている、という問題意識を明確に示す場となりました。気候変動をめぐる知のあり方を考えることは、民主主義のあり方そのものを考えることと不可分であることが、改めて認識されました。