柿内賢信記念賞選考委員会
(委員長)小林 俊哉
坂田 文彦
田中 隆文
三上 直之
八木 絵香
横山 広美
(五十音順)
【選考結果】
特別賞 該当なし
奨励賞 48万円
大阪大学 先導的学際研究機構附属共生知能システム研究センター 呉羽 真
「AIの科学への導入に伴う科学と社会の関係の再構想-プラグマティズムの観点から」
実践賞 40万円
大阪大学 微生物研究所 企画広報推進室 中込 咲綾
「科学・学術研究に対する国民の意識・需要分析と理解・信頼向上のための実践」
【選考をふりかえって】
柿内賢信記念賞は、2005年に創設され、今年で15年目を迎えました。今年度の柿内記念賞全体の推薦・応募数は14件にのぼり、そのうち特別賞が4件(団体1件、個人3件)、奨励賞が8件、実践賞が2件でした。ご推薦、ご応募くださった皆様に厚く御礼を申し上げます。
特別賞が新たに設けられて今年で4年目となり、昨年度に続けて複数の推薦をいただくことができました。各方面に同賞の存在が周知された結果と存じます。周知にご協力いただいた皆様にこの場を借り、感謝を申し上げます。しかしながら今回は、選考委員会における厳正な審査の結果、特別賞については該当なしという結果になりました。
今回、特別賞の選にもれたいずれの推薦についても、選考委員から、対象となった団体や個人の業績を高く評価する意見がございました。実際に、全ての選考委員の評価の平均で見る限り「採用が望ましい」あるいは「採用しても問題ない」といった評価を得た推薦もありました。ただし、それらの業績が「科学技術社会論に対する貢献」といえるかについては、意見が大きく分かれました。特別賞は、研究から実践まで幅広い領域にわたる科学技術社会論への顕著な貢献を評価することを前提としており、その点で評価が困難でした。今回は該当なしという結果となりましたが、幅広い領域にわたる団体・研究者からのご応募がいただけたことには厚く感謝申し上げたいと思います。
以上については、昨年度選考委員会の見解である「科学技術社会論という分野の存在とその性格、役割に対する認知を、学会の枠を越えてさらに広げていくという課題を、改めて浮き彫りにした」という点を、今回も改めて噛み締めたいと存じます。
奨励賞と実践賞については、昨年も同様だったのですが、審査の過程で、選考委員各位の判断を得て部門を変更して審査を行ったケースがありました。その中で再審査を行った上で結果を出すということになりました。部門変更の可否についても選考委員全員の忌憚のない意見を集約できたと存じます。そうした議論も踏まえて、応募者の計画について改めて審査を行い、最終的に、選考委員会の総意で、賞の趣旨に合致する受賞者を選ぶことができました。
今回、推薦・応募いただいた14件の中には、受賞者以外にも高い水準の研究・実践の提案がございました。不採択となった推薦者・応募者の皆様には誠に心苦しく思いますが、次年度に内容をさらにブラッシュアップして再度ご応募いただくことを、ぜひご検討お願いいたします。今後も多くの良質な推薦・応募をいただくことにより、本賞と科学技術社会論の研究・実践の充実につながっていくことと存じます。皆様には、引き続き積極的なご応募と、広報・勧誘へのご協力をいただければ幸いです。
【選評】
奨励賞
呉羽 真 「AIの科学への導入に伴う科学と社会の関係の再構想-プラグマティズムの観点から」
AIが人類の社会経済、文化に及ぼす影響については既に多様な研究分野で議論が深められています。近年の科学技術社会論学会年次研究大会でも、AIをテーマとしたオーガナイズドセッションや一般演題のセッションが目立つようになりました。2017年9月16日には、科学技術社会論学会と科学技術振興機構 社会技術研究開発センターの共同主催で「人工知能社会のあるべき姿を求めて-人工知能・ロボットについて語る参加型対話イベント-」が開催されたことは記憶に新しいところです。
呉羽真氏の研究計画は、科学研究に対する人工知能(AI)の導入を見据えて、科学と社会の新しい関係性を構想し、AIの導入方法に関する指針を与えることを目指すものです。そのために科学哲学者のP.キャッチャーが提唱する「プラグマティスト科学哲学」を拡張することによってAI導入下における科学と社会の新しい関係性を構想するための理論的枠組みを構築することを実現しようとしています。プラグマティズムと科学論の関係では、トーマス・クーンのパラダイムの考え方が、20世紀のネオプラグマティズムに影響を及ぼしたことが知られていますが、呉羽氏の場合は、プラグマティスト科学哲学を活用した新しい科学論の領域を拓こうと意図しているところに新規性があると思われます。特にプラグマティスト科学哲学が提唱する、科学的真理の「意義」を「認識的意義」と「俯瞰的意義」として捉える見方をさらに深く掘り下げて両意義に還元しきれない文化的価値を見出そうとするところに本研究の先駆性を見て取ることができます。選考委員会の審議では、本研究が科学技術社会論の萌芽的研究として発展が大いに期待できるという指摘がありました。また、現代科学技術の重要な分野のAIと社会との相互関係は、今後、より広範で多岐に亘っていくことが予想されることから、本研究も科学哲学の枠内に留めることなく、より広い学問領域に拡張していくことが期待されるという指摘や、呉羽氏がAIの導入を想定している科学(AIを導入しやすい科学)と、科学技術社会論で論じられてきた科学との間に乖離がありえ、その意味では科学技術社会論に対する貢献は限定的なものに留まるのかもしれず、AIに触れる以前に「科学」に対する論考をどれだけ深められるかがカギとなるだろうという指摘もありました。
実践賞
中込 咲綾「科学・学術研究に対する国民の意識・需要分析と理解・信頼向上のための実践」
柿内賢信記念賞が創設された2005年を日本の「科学技術コミュニケーション元年(あるいはアウトリーチ元年)」と呼ぶことがあります。この年は官民問わず全国でサイエンスカフェなどの科学技術コミュニケーション活動が活発化した年でした。それから14年の年月が経過し、科学技術コミュニケーション実践の蓄積を経た今日でも、科学研究の側からの情報発信と、受け手の市民の側には、それぞれの意向のミスマッチが存在するのではないかという懸念が、科学技術コミュニケーション実践に携わる人々の中に広く潜在している可能性があります。中込 咲綾氏は、この点に着目し、本研究によって、大学・研究機関に対する社会の要望や期待イメージを正確に把握するべく調査・分析を行い、これによって大学・学術研究機関が行うアウトリーチ活動の現状を理解し、より適切な情報発信を実践することで、学術研究に対する社会の理解や信頼性をより向上させる正の循環創出を目指すとしています。また、科学・学術研究に対する無関心層を解析対象として、そうした層を構成する人々に対する有効なアウトリーチ活動のあり方の検討を本研究の中で行うとしています。このような問題意識は、科学技術社会論の社会応用にとっても重要なテーマであり、過去の実践賞授賞課題の中にも関連する問題意識を含んだ課題がありました。
中込氏は理化学研究所と大阪大学で広報業務の職歴を有し、科学技術コミュニケーション実践において経験を蓄積しています。選考委員からも研究計画は手堅くまとめられており、科学研究に対する公衆の理解についての実践的研究として科学技術社会論への貢献が期待できそうであること、中込氏自身の広報・アウトリーチ活動と結びついた計画となっている点が評価できるという指摘がありました。一方で、調査手法として既存の手法の枠組みに留まっている点も見られるので、より新しい手法の探索を期待したいという指摘や、広報室自身が取り組むべき課題の性格もあり、複数の研究所の広報担当者間で提起されている課題に対する情報共有などの取組みも実践の中に含めてほしいという指摘もありました。
中込氏は当初、奨励賞に応募していましたが、選考委員会の判断で実践賞に部門を移して審査を行いました。中込氏の研究活動が、研究機関広報担当者としての実践を含むものであることと、その研究成果が、今後広く国内外の科学技術コミュニケーション実践の活性化に役立つ可能性に着目し実践賞の授賞が適切であるという判断となりました。