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投稿日 2006年11月1日

2006年度柿内賢信記念賞研究助成金の選考結果について

柿内賢信記念賞研究助成金選考委員会委員長
小林傳司

昨年に引き続き、科学技術社会論学会では、財団法人倶進会の厚志をいただき設けた「柿内賢信記念賞研究助成金」の公募を行いました。

本学会内に設けた研究助成金選考委員会では、慎重に審議した結果、下記のとおり、奨励賞2件、実践賞1件を選定し、授賞を決定いたしました。

本年の応募件数は、記念賞0件、奨励賞3件、実践賞1件の計4件でした。学会としての広報活動が不十分であったためか、応募件数が少なかったことが残念です。ご支援いただいている、財団法人倶進会には、深くお詫びいたします。来年の募集に関しては、より広く周知広報をするための活動を強化し、科学技術社会論研究の発展のための研究助成を実効あらしめるよう努力いたします。

【選考結果】

記念賞:

該当者なし

奨励賞:

猪瀬 浩平 「「人格」の構築学:自閉症をめぐる科学技術、政策、実践の多元的関係の解明」 
山内 保典 「高校生向け授業の中で科学者は何を学ぶのか?―経験者へのインタビュー調査を通して―」

実践賞:

比屋根 均 「自立した技術者像の実践的探求―テクノロジーカフェ、技術(者)倫理教育等の実践を通じての、新しい技術者像の創造研究―」

<研究内容要旨は別紙参照>

選考を振り返って

今回、応募数が4件と少なく、選考においてかなり踏み込んだ議論を行いました。とりわけ本賞の将来の発展という視点から、反省する点も多く、来年の募集に向けての方策も検討いたしました。

選考に当たっては、本学会の設立の趣旨に鑑み、「科学技術と社会の新たな関係の構築」という目的に向けて新鮮な角度から着実な研究が提案されているか否か、を基本的な視点といたしました。しかし、「記念賞」に関しては応募がなく、該当者なしといたしました。

「奨励賞」に関しては、この基本的視点に加え「今後の研究の発展が期待されるか否か」という視点の下、審査を行いました。今回は二名の研究提案を採択しました。それぞれ、科学技術社会論の重要な特徴のひとつである実践性と理論的分析の結合を目指したもので、甲乙つけがたく、慎重に審議した結果、二件の採択としました。また、この二件はそれぞれ認知科学と文化人類学からの科学技術へのアプローチであり、今後の本学会の研究領域の広がりを予感させるものであったと思います。そして、いずれも現代社会における「科学技術と社会の関係」を再考しようとする意欲にあふれており、本部門の趣旨にかなうものと考えております。来年は、より多数の応募を期待しています。

「実践賞」に関しては、先の基本的視点に加え、本学会が「批判的かつ建設的な学術的研究」を重視することに鑑み、「実践的活動を踏まえた」研究提案か否かという視点で選考いたしました。科学技術社会論は従来の学術研究の手法や流儀に尽きるものではなく、広く社会的に提言や発信を行うことも視野に入れており、本賞では、「実践的活動を踏まえた」研究を支援したいと考えております。今回も、この趣旨に叶う応募があり、選考委員会では多角的な検討を加えました。採択された研究提案は、すでにかなりの実践活動を行っている方からのものであり、今後の活動への期待をこめて支援したいという結論に達しました。同時に、選評にもありますように、委員会としては若干のアドヴァイスを付け加えることにしました。

この賞は、今後も継続いたします。今回の受賞者の方々には、本賞の趣旨をご理解いただき、充実した成果を上げてくださるようお願い申し上げます。そのような活動の積み重ねこそが、本賞の意義を広く世に知らせ、また科学技術社会論研究の発展につながると考えております。来年度以降、より多数の方々の応募を期待しております。

「奨励賞」選評

猪瀬 浩平 「「人格」の構築学:自閉症をめぐる科学技術、政策、実践の多元的関係の解明」 

猪瀬氏の研究は、基本的には自閉症をテーマとした、さまざまなアクターを巡る科学技術の人類学であり、従来は日本では文化人類学の領域でのSTSへの参入がほとんどなかったことを考えたとき、文化人類学の中でこのような研究領域に果敢に挑もうとする若い研究者が出てきたことをまずは慶びたいと思います。

猪瀬氏の研究は、現在の時点の、自閉症に関するさまざまな知と、精神医学者、自閉症患者、家族、教育関係者、福祉関係者、行政等々のアクターの織りなす、多元的な分析を含んだ、共時的なレベルでの自閉症を巡る科学技術の人類学に留まらないところが特色です。それに加えて、自閉症概念の発祥の地アメリカでのフィールドワークを通じて、自閉症の科学の社会史を、人類学的枠組みとフィールドワークを通じた、科学技術の人類学的な視点から捉え、通時的な軸を加えた立体的構成の中で科学技術の人類学を実践しようとしているからです。このような研究は、科学技術の人類学に対しても新しい試みであり、また、科学の社会史にとっても人類学的フィールドワークと理論的枠組みなどの新しい息吹を吹き込む可能性を持っているといえるでしょう。

そして、猪瀬氏は、こうした研究を、国際的なSTSの学界における国際的な共同研究も含めて行おうとしています。そのような視点から、新しいSTS研究の可能性を感じさせてくれる研究として、奨励賞に値すると評価しました。

「奨励賞」選評

山内 保典 「高校生向け授業の中で科学者は何を学ぶのか?―経験者へのインタビュー調査を通して―」

科学技術をめぐる専門家―非専門家間のコミュニケーション問題に関する研究は,欠如モデルを克服し,コミュニケーションの名に相応しい相互作用が成立する環境や条件などを明らかにする方向へと深化してきました.その過程で,両者の知識の優劣だけに還元することのできない知識の質的な差異やコミュニケーションに基づく意思決定の性質の違いなどの認知的次元に関わる問題が取り上げられるとともに,そのような差異を前提として社会的に望ましいコミュニケーションを可能とする場を設計する方法やそれを支援する制度の姿などの社会的次元の問題についても多様な研究が進められてきました.そして,主として科学技術社会論の研究者たちは,自らの視点を非専門家を支援するサポーターないしは両者の仲介者とみなしてこのテーマに接してきたと考えられます.

山内氏は,これまでの分野における蓄積を踏まえながらも,認知科学的な手法を導入して「科学技術者の視点」で専門家-非専門家コミュニケーションを分析しようとしています.これまでにも,コミュニケーションの場において専門家が何事かに気づき,場合によっては態度変容が生じた事例について報告はなされていますが,山内氏の研究はコミュニケーションを通じた科学者の「気づき」や「学び」のプロセスに焦点を絞り複数のメディアの解析を介してそのあり方に科学技術者側から接近しようと試みている点でユニークであり,当該研究が新たな研究領域を開拓することを期待し,奨励賞として相応しいと考えました.

なお,今回,山内氏が分析の対象とする高大連携事業は研究者が高校生を対象に講義する場を提供するものであり,通常我々が想定する専門家-非専門家コミュニケーションとは若干性質を異にしています.しかし,当該研究は「気づき」や「学び」が持つ社会的な意味よりはそれが生じるプロセスに注目しているため,このことが決定的な瑕疵となるものではなく,むしろ統制された環境が得られるという観点からポジティブに評価すべきと判断いたしました.その意味でも,本研究計画が終了した後により一般的な専門家-非専門家コミュニケーションへと進まれることも含めて山内氏の研究に期待しています.

「実践賞」選評

比屋根 均 「自立した技術者像の実践的探求―テクノロジーカフェ、技術(者)倫理教育等の実践を通じての、新しい技術者像の創造研究―」

技術をめぐって起きるさまざまな問題は、科学技術社会論の中心課題の一つであることは論を待ちませんが、残念ながらこれまでは技術に携わる側からの参画は十分とはいえませんでした。比屋根氏らは、技術士としての仕事のかたわら、技術倫理の研究に取り組んできました。その「自立した技術者像」を求める活動の中で、科学技術コミュニケーションの重要性に着目し、市民と直接技術について語り合う場として「テクノロジーカフェ」の試みを始めています。サイエンスカフェはかなり広がりを見せてきましたが、技術の現場を知る技術者が自ら一歩を踏み出す形でのテクノロジーカフェはまだほとんどないといっていいでしょう。技術者と市民との対話によって互いの理解を深めるために、こうした活動はもっと広がっていいと思います。そうした機運を広げる意味でも、実践賞にふさわしい研究だといえます。

今後、カフェの活動を本格化していくうえで、ぜひご検討いただきたいことがあります。カフェの双方向性をという性格を考えると、テーマ設定などについて市民の立場から助言できるような、たとえばサイエンスコミュニケーションの専門家などの参画があれば、より効果的な活動になるのではないかと思われます。そうした知恵も集めて、技術者による新しいカフェの可能性を拓いていただきたく思います。

受賞者研究内容要旨

柿内賢信記念賞研究助成金 奨励賞 研究課題

猪瀬浩平 「「人格」の構築学:自閉症をめぐる科学技術、政策、実践の多元的関係の解明」

自閉症は、「1000人に2~3人の割合で起こる障害であり、症状が発達期に現れ、その後生涯にわたる。対人関係のやりとりがうまく持てない『社会性』の問題や、言語発達の遅れと偏りがあるという『コミュニケーション』の問題、興味関心の対象が狭く偏っている『こだわり』の問題が、特徴的な領域を形作っている。その原因は未だ解明されていないが、脳の機能障害にあると考えられている」。以上が、自閉症の定説となっている。

我が国における「自閉症」の歴史は、1952年の精神医学会における症例報告を端緒とする。そしてL. カナーらの学説が輸入されることで、海外の研究知見とのすり合わせがなされる。その結果、1960年代の児童精神医学の設立をもたらし、自閉症の疾病論をめぐる論争を巻き起こした。その一方で、福祉施策・教育施策の拡充を求めて1968年に自閉症児の親の会の設立がなされ、一気に社会問題化がなされる。以後、実際に教育・療育に当たる教師やセラピスト、行政官、自閉症者の親、そして自閉症の当事者といった、多様な行為者を動員し、療育方法や病因論について、また教育・福祉政策での位置づけをめぐって、活発な論争と多様な実践を生みながら今日に至っている。

こうした歴史過程を踏まえて、本研究では、「自閉症」概念の構築を、「自閉症」をめぐる様々な行為者の折衝の過程として捉え、それを対象とする科学技術や福祉・教育政策の展開、知識・実践の標準化に留意し、療育機関でのフィールドワークや関係者への聞き取りを通じて、「自閉症者」とされる人格の多元的な構築過程を解明することを目的とする。それはまた一方で、現代社会において、「正常」とされる「非―自閉症者」の人格が如何に構築されるのか、その探求をも包含することになるだろう。

山内保典 「高校生向け授業の中で科学者は何を学ぶのか?―経験者へのインタビュー調査を通して―」

近年、科学者と市民の対話が試みられる中で、多くの成果と同時に、実践上の問題も見えてきました。その中で申請者は、教育という重要なコミュニケーション場面における科学者の「市民リテラシーの欠如」に関連する問題 ―例えば、「科学者が教授場面で見落としがちな市民とのギャップは何なのか」、「市民と対話する際、具体的に何が科学者に求められるのか」、さらに「市民と対話する素養を持つ研究者を育成するために、どのような高等教育が望ましいのか」など― に焦点を当てます。本研究では、市民との対話を行った科学者が実践の中で感じた「気づき」や「学び」の中に、こうした問題を解く貴重なヒントがあると考え、その実践者の経験知をインタビュー調査により集積し、分析します。

本研究は、名古屋大学大学院教育発達科学研究科による「高大連携によるキャリア教育プログラム開発事業」との連携で実施します。この事業では、名古屋大学の6つの研究科の研究者が、それぞれ10講義を附属学校の高校生向けに用意し、実際に高校の教壇に立つという教育プログラムが実施されています。この連携により、幅広い分野の研究者から収集された、多様で豊富な経験知の蓄積が見込まれます。

またインタビューは、記憶のバイアスを出来る限り取り除くため、ビデオや逐語録など記憶を呼び覚ます手がかりを提示しながら行います。また経験知の特性上、無理な言語化を避けるため、できる限り詳細なレベルで、丹念に体験エピソードを引き出します。そして、それをテキスト化することで、共有可能な実践事例集を作成します。

このデータをもとに、エピソードに盛り込まれた経験知を抽出し、カテゴリに分け、量的に整理します。また、示唆に富んだ事例については質的分析も行います。加えて、生徒による授業評価を参照し、市民と対話する際、科学者に求められる素養を検討します。これらを通して、市民との対話を視野に入れた高等教育のあり方を提案したいと思います。

柿内賢信記念賞研究助成金 実践賞 研究課題

比屋根 均 「自立した技術者像の実践的探求―テクノロジーカフェ、技術(者)倫理教育等の実践を通じての、新しい技術者像の創造研究―」

近年重要視されつつある技術者倫理は、米国からの輸入の段階から日本版技術者倫理の確立の過程に入りつつあるが、その中で大切なのはJABEEを初めワシントン・アコードが高度科学技術社会に共通に求めている”自立した技術者”の養成である。しかしそれがどういうものかの規定は無く、その探求は私たち技術者や社会に宿題として課されている。申請者はこれを(社)日本技術士会中部支部「ETの会(技術者倫理研究会)」を中心に、以下のような諸活動を通じて実践的に行なおうとするものである。1つ目の実践はテクノロジーカフェ、即ち技術者と市民との科学技術コミュニケーションの試みである。技術者は知の創造者、利用者であるとともに判断者、実践者でもあり、その提供する人工的機能物によって市民に直接影響を与える立場にある。従ってテクノロジーカフェはサイエンスカフェとは相互理解のし易さも重要性も異なるとともに、技術者の自立にとっても有効な手段である。2つ目は高等工学教育機関での技術者倫理教育である。これは”自立した技術者”像の総体を纏め上げる重要な手段となる。3つ目は技術者による技術者教育である。これは異分野技術者間の相互理解を深める活動であり、技術者のアイデンティティー確立にも寄与していくはずである。これらの実践によりETの会自身が”自立した技術者”の集団として成長することを通じて、課題は成し遂げられると考えている。

受賞者成果報告

1. 高校生向け授業の中で科学者は何を学ぶのか?- 経験者へのインタビュー調査を通して –

山内保典(名古屋大学大学院情報科学研究科)

柿内賢信記念賞奨励賞を励みに,名古屋大学大学院教育発達科学研究科による「高大連携によるキャリア教育プログラム開発事業」との連携で,「研究者による高校生向け講義の収録・テキスト化」および「講義担当者へのインタビュー調査」を進めてまいりました。このようなコストのかかる研究を進めることができたのは,柿内賢信記念賞奨励賞によりサポートを頂いたからです。心より感謝しております。研究として未完成な状態ですが,中間報告をさせて頂きます。

【進捗状況】

・授業内容のテキスト化
2007度に名古屋市にある高校で実施された4講座(理学探求講座,生命科学探求講座,地球市民学探求講座,法学探求講座)の40講義(各講座10講義×4)を収録し,テキスト化いたしました。

・インタビューの実施
2007年12月現在,23名の講義担当者へのインタビューを完了しました。現在,インタビューのテキスト化を進めています。インタビュー調査は一段落ついた段階ですが,これから分析を行う中で,補足インタビューの必要が生じた場合は追加していきます。

【研究展望】

・中等教育に関する研究として
主に授業内容の逐語録を用いて,授業の内容分析を行い,研究者が行う授業の特徴を検討します。中等教育において,研究者にできることと,できないことを明らかにすることにより,高大連携型教育のあり方を見直す基盤とする予定です。

・科学コミュニケーションの教材として
講義担当者の先生方のご協力を得ることができれば,研究者によるアウトリーチ活動を支援するために実践集を作成したいと考えています。講義の逐語録には,数多くの工夫が含まれおり,こうした事例の蓄積と共有化が,アウトリーチ活動への抵抗感を低減することが期待されます。特に,この資料集のユニークな点は,実践に対して,生徒,講師,教育研究者という異なる3者からのコメントが得られる点です。それぞれの立場により,授業の見方にどのような一致・不一致があるのかを具体的に提示することで,相互理解が深まり,教育実践が充実すると考えています。

・科学コミュニケーションの研究として
持続的な科学コミュニケーションを実現する上で,研究者にとってのベネフィットを示し,同時に様々なコストを低減することが必要だと考えています。高校生とコミュニケーションを行った研究者が,実践の中で感じた「気づき」や「学び」,あるいは「困惑」には,その問題の解決に有益なヒントが多く含まれていると考えられます。そこで本研究では,インタビュー調査により「気づき」や「困惑」を集積し,分析します。

【報告予定】

インタビュー調査の報告について,第1報として,研究協力をしていただいた「高大連携によるキャリア教育プログラム開発事業」の報告書(2008年3月予定)にまとめさせていただきます。そこでは,授業担当者の「授業の狙い」や「高校生に対する思い」などをエピソード的な形で報告する予定です。

その後,分析を行った上で,学会発表と専門雑誌へ投稿する予定です。どのような問いに焦点を絞るのかは現在思案中です。投稿先としては,科学技術社会論学会,教育心理学会などを考えています。

調査を担当した私にとって,インタビュー自体が大変刺激的な体験でした。いちはやく,この面白さを言語化し,共有可能な形にして,皆さんのお手元に届けたいと思います。

【最後に】

 私は,柿内賢信記念賞に若手育成のための奨励賞があることを,大変意義深く感じております。実際に,このような時間のかかる研究をすることは,キャリアにとって不利になるのではないかと悩んでいた私にとって,この受賞は大きな励みとなりました。末永く,この賞が若手研究者を鼓舞していくことを,心より願っております。改めまして,このような研究をするチャンスを頂きましたことを感謝いたします。

2. 「人格」の構築学:自閉症をめぐる科学技術、政策、実践の多元的関係の解明
研究成果報告

猪瀬浩平(明治学院大学教養教育センター)

柿内賢信奨励賞の授与を受け、自閉症療育機関で行ってきたフィールドワークの調査データを体系的に整理することが可能になりました。一方で、見沼田んぼ福祉農園で行っているフィールドワークで必要不可欠な写真記録が残せるようになりました。後者については特に、高画質の写真が撮影できたため、効果的なプレゼンテーションが可能になり、研究者ばかりではなく、福祉農園の現場の人々や、他の関係団体の人々との情報交流が活発になりました。特に1年前には想定していなかった、アートとケアの融合をめざす活動を行う実践者との交流がもてたことは、プレゼンテーションの向上によるところが多いと考えております。科学とアート、科学とケアという新しい視点も、この出会いの中で持つことができました。助成金をいただいたことに大変感謝をしております。

調査記録に関しては、現時点では『社会臨床雑誌』(社会臨床学会発行)での二回の論文発表を行うとともに、『支援の障害学に向けて』を分担執筆いたしました。これに加えて、国立民族学博物館の共同研究「ソシアル概念の再検討 ― ヨーロッパ人類学の問いかけ」で口頭発表をさせていただきました。

今後、自閉症の科学人類学と、環境-福祉の論理を媒介するものとしての科学技術の問題について検討を深め、また関係する研究者・実践者との議論を深めながら、科学技術社会論学会や文化人類学会、環境社会学会、日本ボランティア学会、そして国際科学社会学会等で学会発表および論文投稿を行っていきたいと考えております。

 論文

猪瀬浩平2007「予後を生きる:自閉症の治療教育をめぐる未来性」『社会臨床雑誌』15(1)14-19頁
猪瀬浩平2008(刊行予定)「”偶発”的解体、”偶発”的連帯(上):1988「埼玉県庁知事室占拠事件」における非=同一性」15(3)

著書

猪瀬浩平2007「障害者であっても、地域であたりまえに生きる:共育共生運動から、福祉農園開園までの人々の物語」、横須賀俊司・松岡克尚(編著)『支援の障害学へ向けて』、現代書館:151-173頁

3. 自立した技術者像の実践的探求-テクノロジー・カフェ、技術(者)倫理教育等の実践を通じての、新しい技術者像の創造研究-

研究実施者 :比屋根 均  所属:(社)日本技術士会中部支部 ETの会

1. 研究成果報告

本研究は、日本のプロ技術者である技術士による技術者倫理の研究会:(社)日本技術士会中部支部ETの会の主要メンバーによって実践的に行なわれた。研究目的はJABEEの教育課程認定基準でも目的とされている”自立した技術者”とはどういうものか、あるいはそれを実践すること、またはその具体的な課題や道筋を明らかにすることである。また研究方法は3つの分野でのコミュニケーション実践、即ち1)テクノロジーカフェ(対市民), 2)大学等での技術者倫理教育(対技術者の卵), 3)技術士.技術者内の学習活動や日常(対技術者.技術士),である。

1) テクノロジーカフェは、06年4月より通算16回(受賞決定後12回)開催し、技術者と市民が技術の営みについて生で語り合った他、インターネット(SNS)上にも「テクノロジーカフェ」コミュニティーを開設し、より濃密で継続的な場を持ってきた。

テクノロジーカフェでは、技術の不確実性(絶対安全を保証することの不可能性)を含め市民と技術者が相互理解を深める効果が実感され、またその活動そのものが技術者に市民と直接接する機会を与えることによって、技術者が自らの社会的価値、役割と責任を実感していくという点でも、”自立した技術者”への効果を感じることができた。

一方SNS上の「テクノロジーカフェ」は、テクノロジーカフェの取り組みを全国の技術者に広めるための宣伝を狙って始めたものである。ここでは言語・図示以外の直接のコミュニケーションが取れず、ネット上故のコミュニケーションの困難さはあるが、頻繁に行えるという利点もあり、今後も継続する。

2)大学等での技術者倫理教育
工学教育の場における技術者倫理教育では,2006年以降,大学での技術者倫理教育の機会を増やし,オムニバスで15コマの講義を運営するなどしてきた.これは技術倫理的知見や考え方を技術者になる前の学生に伝える活動であり,技術者として自らの技術の営みについて俯瞰的に見直す機会となった.技術者倫理を理解するには,まず工学では教えられることの少ない’技術の営み’について一定の理解を得ておく必要があるためである.このことが「技術とはどういう営みか?」という問題について考えるきっかけとなった.

その結論として,技術の営みの基本共通理解としての”技術原論”の確立が必要ではないか,ということがわかってきた.環境が人工化し高度化・複雑化・大規模化した高度科学技術社会における技術者への社会要求が技術の営みを間違いなく運営することであるならば,それには技術者自身がその営みの体系的理解を進め,”技術原論”を確立することに大きな意味があるだろう,ということである.

3)技術士・技術者内のコミュニケーションについては、’ETの会’で行っている技術者倫理や技術者の地位向上など技術者に共通の話題に関する議論が,実は市民とのコミュニケーションの前段として,’聞く・理解する’コミュニケーションの訓練となっていた.また技術士会内の他組織・全国大会等での発表や、ETの会の研究誌『技術倫理と社会』等による広報は、技術士のアイデンティティー確立にとって有益な問題提起や議論を行うことであり、代表的な技術者としての技術士に対して”自立”への問題意識普及に役立ったものと考える.

技術者倫理を学び1年前に”技術者の自立”という課題に気づいた段階から、上述のような今回の実践を通じて、理論的には「技術原論」の確立が、また実践的には3つの技術コミュニケーション(テクノロジーカフェ,大学等での技術者倫理教育,技術者相互のコミュニケーション)が、技術者の自立に向けた有効な方途として確認することができた。

なお、STS的な視点から述べるなら、科学者という真理探究者と、為政者や社会という意思決定・政策者とは異なる、作動中の科学を人工物実現という実践に移す専門職としての技術者が社会階層として”自立”することには大きな意味があると考える。

また、技術者は自らの成果は製品に結実させるのが仕事であり、科学者とは異なり通常は成果や自らのことについて語ることを仕事としておらず、このことが技術者をして社会から見えない存在にしている最大の理由である。その技術者が自ら語り始めるに至るに際し、技術者倫理教育が大きな影響を与えたことは間違いなく、技術者の社会的な意識を高める1つの社会的手段としての技術者倫理の有効性を確認できたことは、STS的な成果であったと言えるかもしれない。

私たちETの会をはじめとする(社)日本技術士会とその会員は、日本のプロフェッショナル・エンジニアとしての研鑽を続けるだけでなく、技術者階層を代表する技術者として、さまざまな局面において技術コミュニケーションをより盛んにし、そこから学び自らを変えることによって、真に”自立した技術士(会)”,”技術者の自立をリードする者”になることを、引き続き目指していくことになる。

<発表論文等>

1.「自立した技術者像実現の課題とSTS」,『科学技術社会論学会第5回年次研究大会予稿集』,41.
2.「テクノロジーカフェの試みから見えてきたこと」,同,51.
3.「技術士による技術者倫理の取り組みと戦略」,同,203.
4.「技術者としての技術者倫理教育の経験から」,同,279.
5.「技術士による技術コミュニケーションの試みから ~ETの会からテクノロジーカフェへの発展~」,『科学技術コミュニケーション』第1号,4.
6.「社会要求としてのプロフェッショナル・エンジニア」,『技術倫理と社会』第2号,ETの会,16.
7.「プロフェッショナル・エンジニアの独立性への一考察」,『H19年度(第25回)技術士CPD・技術士研究・業績発表年次大会論文集』,25.
8.「技術の営みに関する共通基本理解の必要性」,『日本工学教育協会平成19年度工学・工業教育研究講演会講演論文集』,448.
9.「科学技術コミュニケーション実践による教育効果の考察」,『日本機械学会2006年度年次大会講演論文集(5)』,129.
10.「”技術の営み”というアイデンティティーとプロフェッション」,『「第4回技術士CPD・技術者倫理/技術者関連倫理の研究・事例」論文集』,17.
11.「技術者の社会性向上に向けた現状と課題 ~2つのテクノロジーカフェを中心に~」,『科学技術社会論学会第6回年次研究大会予稿集』,243.