科学技術社会論学会会長 藤垣裕子
本年4月7日に行われた第60回STS学会理事会において、会長に選出されました。小林傳司氏、塚原修一氏、平田光司氏、中島秀人氏に続く第5代目の会長となります。2001年の夏から秋にかけて、学会設立のために理事会規約や細則、編集委員会規約や細則を議論したことを、ついこの間のように思い出します。あれから12年が経ち、2010年には当学会と4S(国際科学技術社会論会議)との合同会議の東京開催が実現し、また2012年10月の4SとEASST(欧州科学技術論会議)の合同大会(コペンハーゲン)では、本学会から多くの若手研究者が参加していて大変頼もしく思いました。
学会設立後の最初の10年は、さまざまな制度の立ち上げと学問分野の存在意義を確立することが主要な仕事でしたが、今後の10年は、研究レベルの向上に加えて、若手育成の環境整備、そして本学会のような研究分野の社会へのさらなる浸透につとめていく必要があるかと存じます。研究分野としての頂点をきわめることは、4SやEASSTにむけて日本独自の発信をすることであり、彼らと対等に理論構築を行うことです。と同時に、研究分野としての裾野をひろげることは、関連領域とのネットワークを広げ、関心をもってくれる隣接領域の人材を学会によびこむことです。たとえばイアン・ハッキングの本を訳している政治学者や、その書評を書いている研究者など、実は4Sではとても近いところにいるのに日本のSTS学会ではうまく取り込めていない人材が、日本にはかなりいます。少しずつ、輪を広げていこうと考えております。さらに、昨今の学会でもSTSが「役にたつ」とはどういうことかについての中身の議論が盛んに行われていますが、役にたつことと同時に、「脱構築すること」「現在当然視されていることを疑ってみること」も現行の制度等の弊害を越えていくためにはSTSにとって大事な仕事のように思います。もちろんその前に信頼構築が大事であることは言うまでもありません。
2011年の東日本大震災以後、学問の価値や責任について、社会からますます鋭く問いかけられるようになりました。たとえば、地震のコミュニティにおける不確実性の情報が、原子力のコミュニティにうまく伝わっていなかったことが本年1月の学術会議でのシンポジウムで指摘されました。これは異なる分野間のコミュニケーション欠如の問題であり、こういった「隙間」を埋めることは、異なる現場をつなぐ学問であるSTSが取り組むべき課題となるでしょう。これらの課題に取り組み、将来的に次の世代にバトンを渡すための環境を整えるのが、私たちの世代の仕事と考えています。
科学技術社会論学会ニュースレター2013年度1号(2013年6月25日発行)より転載