本学会では、公益財団法人倶進会の科学技術社会論・柿内賢信(かきうち よしのぶ)記念賞の広報・選考を行っています。「分子ロボット技術に関わる科学コミュニケーションの市民参加の実践研究」で2021年度の実践賞を受賞した小宮 健氏(海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 研究員)に、その後の実践について報告していただきました。
分子ロボットは、DNAコンピューティングなどの技術を基盤として、ナノスケールのロボットのデザイン・構築・活用を目指す新興科学技術である。DNAやRNAなどの生体分子を素材とする、人類がはじめて扱う「生物と共通する原理で動作する人工システム」と言えるかもしれない。研究分野としてはまだ萌芽段階にあり、社会実装の面ではまだ上流ですらない“源流”にあるため、現時点で分子ロボット技術が将来に社会へもたらす影響を予見して議論することは困難であるが、われわれ分子ロボット研究者は「責任ある研究・イノベーション(RRI)」の観点から、その本質を捉えようと様々な対話をこころみている。
柿内賢信記念賞(実践賞)を頂いたおかげで、日本科学未来館が公募しているオープンラボを活用し、充実した体制で市民対話を実践することができた。研究内容を一方的に伝えるアウトリーチを超えて双方向の科学コミュニケーションを成立させるには、双方が科学技術の社会的影響や価値への理解を深めながら対話する必要がある。そのためには、研究者が専門分野の議論における暗黙のルールに自覚的になり、ルールの意義を問い直しながら、科学コミュニケーターをはじめとする各分野のプロフェッショナルたちと、対話の場のデザインや専門的な内容を図解する共同作業を行うことが重要であった。
市民対話からは分子ロボットに関する潜在的な期待や懸念が抽出されるとともに、生きものとは何か、自然な姿とは何かといった問いを分子ロボットが喚起することも見えてきた。今後のさらなる対話の深化に向けて、得られた知見の分析や方法論の発展に取り組んでいるところである。このような機会を与えてくださった、本賞の運営・選考にあたっておられる先生方に深く感謝申し上げる。
【小宮 健】