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投稿日 2023年12月14日

2023年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞 選考結果

柿内賢信記念賞選考委員会

委員長:東島 仁
委員:呉羽 真・小門 穂・坂田 文彦・水島 希・山内 保典・渡部 麻衣子 (五十音順)

【選考結果】

特別賞 70万円

柘植あづみ 明治学院大学 社会学部社会学科 教授
「⽣殖技術の広がりと⽂化や価値観の相互作⽤の分析による科学技術社会論への多⼤な貢献」

奨励賞 20万円

藤本大士 ハイデルベルク大学 トランスカルチュラル・スタディーズセンター 助教
「戦後の日本人女性医師にとっての「海外」」

奨励賞 20万円

有賀 雅奈 桜美林大学 リベラルアーツ学群 助教
「戦後日本の生物知識普及の背景:学習図鑑・絵本イラストレーターに注目して」

実践賞 40万円

渡辺健太郎 立教大学 社会情報教育研究センター 助教
「公衆の社会科学理解と社会科学コミュニケーション ーランダムサンプリングについての説明が量的調査への信頼に及ぼす影響に注目してー」

【選考を振り返って】

3年以上にわたって世界的な流行を続けている新型コロナウィルス感染症COVID-19は、社会構造を大きく変えました。科学技術と社会、そして社会の構成員一人一人の日々の生活を、例えば教育、歴史、情報発信やコミュニケーション、意思決定のあり方、関わる人々など多様な枠組みで捉え、分析し、その知見を社会と学術界の双方に活かしていくことの重要さを、改めて強く感じるところです。本年度の審査委員会では、本記念賞の精神に鑑み、そのような研究を育み、また評価することを目指して審査を行いました。全選考過程は、2020年度、2021年度から活用されているオンライン会議の利点を生かして行いました。募集・選考につきましても、昨年度と同様に2020年度の方針を受け継ぎ、オンラインでの周知活動を中心とし、多くの方から「科学・技術と社会の問題」に関する研究や実践のご提案をいただけるように努めました。広報に協力してくださった皆さま、周りの方に応募を呼び掛けてくださった皆様、そして応募してくださった皆様に深くお礼申し上げます。

今年度は、特別賞2件、奨励賞11件、実践賞3件の推薦と応募をいただきました。それらについて、本記念賞の趣旨に照らし合わせて厳正かつ真摯な審査を行い、特別賞1件、奨励賞2件、実践賞1件を決定いたしました。特別賞は、生殖技術や生むこと/生まれることを巡る諸問題について、科学技術を取り巻く人々、そして社会の様々な人々に、考えるきっかけを提示し続けてきた柘植氏を選出しました。奨励賞については、日本を中心としたグローバルヒストリーにおける女性医師に焦点を当てた研究、そして戦後の学習図鑑や科学絵本のイラストと描き手に注目して日本に根差した科学技術コミュニケーションとは何かを明らかにすることを目指す研究が選ばれました。いずれも、これまでの日本の科学技術社会論に、新しく読み応えのある1ページを加えてくださる可能性に満ちたご研究です。

実践賞は、公衆の社会科学理解(PUSS: Public Understanding of Social Science)に着眼し、社会調査によってアプローチする意欲的な試みが選ばれました。専門知にもとづく社会科学コミュニケーションの可能性を検討する一方で、調査実践を通じた社会と研究者コミュニティの間の信頼醸成という側面も期待されます。

残念ながら、今回は授賞の対象とはならなかったご提案にも、興味深い、ぜひ奨励させていただきたい、と委員の意見が大きく分かれたものがございました。今後も、みなさまからの積極的なご提案、ご推薦を心からお願いする次第です。

勝見允行倶進会理事長のご挨拶を代読する綾部広則学会長。
2023年12月9日の授与式にて。左から小門穂選考委員、有賀雅奈氏(奨励賞)、渡辺健太郎氏(実践賞)、綾部広則学会長。

【選評】

特別賞

柘植 あづみ「⽣殖技術の広がりと⽂化や価値観の相互作⽤の分析による科学技術社会論への多⼤な貢献」

柘植あづみ氏は、生殖技術と社会についての研究実践を通じて、日本の科学技術社会論分野の発展に大きく寄与し続けています。医療人類学の手法を用い、ジェンダー論、生命倫理学、科学技術社会論の先行研究を踏まえ、生物医学の素養やヒト試料を扱う実験歴を生かしながら、生殖技術の普及と、普及にともない構築される制度、その背景となる文化や価値観との相互作用について研究を行い、その成果を、博士論文をもととする書籍『文化としての生殖技術─不妊治療にたずさわる医師の語り─』(松籟社、1999年)を皮きりとする書籍や論文、動画など多岐にわたる形で精力的に発信しておられます。

たとえば2022年刊行の『生殖技術と親になること─不妊治療と出生前検査がもたらす葛藤』(みすず書房)は、精子や卵子を提供した人、提供を伴う生殖医療で子を持った人、提供によって生まれてきた人のさまざまな葛藤を鮮やかに分析し、生殖技術の発展がもたらす光と影を描き出しました。同書は第11回(2022年度)日本医学ジャーナリスト協会大賞を受賞しました。最近では、人間の「配偶子(卵子や精子)」、「受精卵」、「胚」、「胎児」が、社会・文化においてどのような存在だとみなされているのか、そのことが生殖医療技術の規制にどのように影響しているか、通文化的・通時的な観点から分析し、規制する/しない論理を明らかにすることに取り組んでおられます。また、こうした知見を台湾・韓国・中国の研究者らとの共同研究に発展させ、生殖領域に関する東アジア地域の科学技術社会論的研究を長期にわたって牽引してきています。

これらの豊富な研究成果のもととなっているのは、同氏の卓越したインタビューの技法です。柘植氏は、インタビュー対象者の思いを引き出し、当事者の側から見る課題を浮き彫りにすることで、社会における技術の受容に対して生殖技術のユーザーが与える影響を示しておられます。そのうえ、インタビューの技法を用いた科学技術社会論の研究についての後進育成も積極的に行っておられ、教育分野での貢献も目覚ましいところです。

さらに、柘植氏は、さまざまなメディアへの寄稿や出演、ウェブサイト等を通して、一般社会に研究成果を精力的にコミュニケーションしておられます。2023年に、NHKクローズアップ現代の「私は何者か知りたい〜AID・進歩する生殖補助医療の陰で〜」(2023年6月7日放送)に出演し、匿名の配偶子提供のはらむ課題や今後構築すべき制度のあり方について解説なさったのは記憶に新しいところです。

これらの多大な、現在進行形で蓄積され続けている業績を踏まえて、柘植氏は、柿内賢信記念賞特別賞にふさわしいと評価されました。

柘植あづみ氏によるご講演。

奨励賞

藤本大士「戦後の日本人女性医師にとっての「海外」」

藤本氏は、科学技術と社会の関係に注目しつつ、グローバルヒストリーの視点を踏まえた医学史研究を続けてこられました。今回の提案は、アジア太平洋戦争後の日本人女性医師の「海外」との関わりを、国際医療協力機関における女性医師の役割、沖縄の母子衛生における女性医師らの試み、在日コリアンコミュニティにおける活動の3点を軸に描き出すことを目指しています。審査では、日本の医学史における女性医師という着眼点や分析の学術的意義が高く評価され、奨励賞にふさわしいと判断されました。ジェンダー論的視点および現代的問題との繋がりを意識することへの強い期待も表明されました。研究成果は著書として発表されるということで、科学技術社会論領域へのご貢献が期待されます。

藤本大士氏ご挨拶を代読する小門選考委員。

奨励賞

有賀 雅奈「戦後日本の生物知識普及の背景:学習図鑑・絵本イラストレーターに注目して」

有賀氏は、科学イラストレーションを通して科学技術と社会の関係にアプローチしてこられました。今回の提案は、国内で戦後、学習図鑑や科学絵本の「いきもの」イラストレーションのイラストレーターらが、どのような特徴の作品をどのような価値観のもとに制作したのかを時代背景を踏まえて分析し、日本に根差した科学技術コミュニケーションとは何かを明らかにするものです。学習図鑑や科学絵本は、図像科学史にとって有用な史料であり、また、理科教育や環境教育の領域においても重要な存在です。その社会的意味を問う本研究は、審査の際、科学コミュニケーション史の研究としての魅力も高く評価されました。海外の先行研究を踏まえた検討など、客観的で広がりのある分析が期待されます。

有賀雅奈氏によるご挨拶。

実践賞

渡辺 健太郎「公衆の社会科学理解と社会科学コミュニケーション ーランダムサンプリングについての説明が量的調査への信頼に及ぼす影響に注目してー」

渡辺氏は、社会調査手法を用いて、日本社会の多様な側面に切り込んでこられました。本研究は、公衆の社会科学理解(PUSS: Public Understanding of Social Science)という学術的並びに社会的意義の高いテーマに対して、量的調査への信頼に注目し、ランダムサンプリングの説明方法という観点からアプローチするものです。オンライン調査を通じて、社会調査の方法論についての説明が社会調査への態度にもたらす影響を、日本国内における社会調査への信頼と政治的態度の関係と併せて、明らかにします。その結果をもとに、専門知にもとづく社会科学コミュニケーションの可能性を検討する、というご提案です。

審査ではPUSSという着眼点そのもの、そしてPUSSという観点を取り入れた本研究が、国内外の科学技術論に新しい展開をもたらすことへの強い期待が示され、受賞にふさわしいと判断されました。実践賞として、日本社会と研究者コミュニティの間の信頼醸成への実践的寄与も期待されるところです。

渡辺健太郎氏によるご挨拶。