(ヒト受精卵のゲノム編集の臨床応用に関する科学技術社会論学会声明)
2018年11月末、中国の研究者がヒト受精卵にゲノム編集を行い、HIVへの耐性を持った双子を誕生させたと発表した。後世に遺伝する生殖系細胞へのゲノム編集は、安全性や有効性の観点だけでなく、倫理および社会的な観点からもまだ実施できる段階にはないというのが、研究者コミュニティにおける国際的な共通認識である。当該事例とそれに続く議論は科学技術と社会の界面に生じる様々な問題を表面化させており、当学会としては、その真偽に関わらず真摯に向き合うべきものと考える。
今回の事例は、公表から1ヶ月以上経つ現在も未だ真偽が明らかでないという事を含め1、当該研究者のみならず研究者コミュニティ、更には研究が適切に進められるための支援・管理を行う行政や関係機関の果たすべき社会的な責任という点において深刻な問題を提示している。また、女性に精神的・身体的負荷をもたらす生殖技術である点、将来の「リスク」を根拠とした侵襲性の高い予防医療である点など、ゲノム編集以外の観点からも研究目標の妥当性に大きな疑問が残る。さらに、このような実験的な臨床研究が、研究者と患者家族との個人的な契約関係において成立可能であるという考え方に対しても、強い危惧を抱かざるを得ない。
本件については、その発表がなされた11月以降、当該技術に直接関係する研究者のコミュニティだけでなく、隣接する研究分野の研究者コミュニティや、人文・社会科学分野の各学会もその専門性に関わる事柄として反応を示している。当学会としては、特にその中で「社会的な合意形成が必要である」との主張が繰り返しなされていることを大いに歓迎し、本件をきっかけに分野を超えた密な連携体制が構築されることを切に願う。
ただし、これまで科学技術に関する社会的な合意形成をめぐる研究および実践に深く携わってきた当学会としては、その複雑さや難しさが適切に認識されるべきと考える。合意形成の過程に誰が参加するのが適当か、またその過程でどのような考え方が前提とされているか、そして議論が集約される際にどのような権力構造が機能しているかなどについて細かな配慮が求められる。また、ローカルな文脈に則した合意形成プロセスをどのようにグローバルな合意へと接続するかについても慎重な検討が必要である。
合意に至るには相当の時間を有することが予想されるが、当学会としても、様々な分野の研究者コミュニティとの連携を深めるとともに、社会全体を巻き込んだ議論をこれまで以上に積極的に進めていく所存である。また、このような社会的な合意形成が必要な科学技術はゲノム編集の他にも数多く存在している。その他の様々な科学技術についても合意形成のための議論が広く展開されることを強く望むものである。
2019年1月25日
科学技術社会論学会理事会