イベント & ニュース
投稿日 2021年11月1日

2021年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞選考結果について

柿内賢信記念賞選考委員会

(委員長)見上公一
小門 穂
坂田文彦
田中隆文
山内保典
横山広美
(五十音順)

【選考結果】

特別賞 70万円

小林 信一      広島大学 高等教育研究開発センター 特任教授
「科学技術社会論、高等教育研究、科学技術政策研究を越境する学際研究及び実践への貢献」

奨励賞 35万円

藤吉 隆雄    ブルーインパルスファンネット
「自衛隊の科学技術機能の市民社会での受容」

実践賞 45万円

小宮  健    海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 研究員
「分子ロボット技術に関わる科学コミュニケーションの市民参加の実践研究」

【選考を振り返って】

本年度の柿内賢信記念賞も昨年度に引き続き、募集から審査までの全選考過程を新型コロナウィルス感染症COVID-19の流行下(以下コロナ禍)で行うこととなりました。

昨年3月頃から、個人として、組織として、あるいは社会として、様々な対応が継続して実施され、ワクチンの接種も段階的に進められてきましたが、多くの研究者を取り巻く環境はいまだに決して安定した状況にあるとは言えません。募集・選考の方針については昨年度になされた変更を継承し、ウェブサイトやメール、SNSを通じた周知活動を行い、申請書もメールによる提出とするなど、コロナ禍にあっても少しでも多くの研究者が前を向き、立ち止まることなく「科学・技術と社会の問題」に関する重要な研究や実践に取り組むための一助として、本賞に応募して下さることを願いましたが、残念ながら今年度の応募件数は伸び悩み、最終的に例年の半数程度にとどまりました。

推薦・応募をいただきました皆様には、本賞に期待を寄せていただきましたこと、そしてそれぞれにご苦悩を抱えながらも前向きに活動する姿勢を見せてくださったことに、心より感謝を申し上げます。厳正な審査を行い、今年度は特別賞1件、奨励賞1件、実践賞1件を決定致しました。奨励賞が過去を振り返る提案であるのに対し、実践賞は未来を構築することを目指した内容となっており、科学技術社会論の展開の広がりを反映した結果となりました。残念ながら今回の選に漏れた申請にも、興味深い提案がありました。研究と実践の両面から科学技術と社会の望ましい関係を構築する科学技術社会論の発展を後押しすることが、本賞の目指すところであり、今後も皆様からの積極的なご提案を期待しております。

また、今年度も昨年度と同様に、コロナ禍だからこそその重要性が見えてきた課題に関する科学技術社会論領域の研究を後押しするという意味から、新型感染症対策に寄与する研究や実践を積極的に支援するとの呼びかけを行いましたが、審査の結果選出には至りませんでした。情勢が短期間のうちに大きく変化することもあり、具体的な活動の見通しが立ちにくいことに加え、現状をどのように捉えるべきかという判断が難しいなどの理由もあったと思われます。現在私たちの生活を取り巻く課題が時間とともに忘れ去られることなく、中・長期的な研究活動の中でその検討が着実に進められていくことを切に願います。

上段左から倶進会の勝見允行理事長、見上公一選考委員長、藤吉隆雄氏(奨励賞)。中段左から小門穂選考委員、坂田文彦選考委員、小宮健氏(実践賞)。下段は小林信一氏(特別賞)

【選評】

特別賞

小林 信一 「科学技術社会論、高等教育研究、科学技術政策研究を越境する学際研究及び実践への貢献」

小林氏は、科学技術社会論・高等教育研究・科学技術政策研究という3つの領域を越境しながら研究と実践を展開し、特に科学技術社会論の提示する批判的な視座から高等教育政策や科学技術政策の検討を行ってきました。

その活動の射程は高等教育のあり方から、デュアルユース、研究評価や大学改革の問題、科学技術政策の理念までと幅広く、多様な媒体でその成果を発表していますが、特に顕著な業績として、塚原修一氏との共著『日本の研究者養成』(玉川大学出版)、マイケル・ギボンズ(編著)『現代社会と知の創造:モード論とは何か』(丸善ライブラリー)の邦訳、そして『社会技術概論』(放送大学出版)などを挙げることができます。

しかし、小林氏の成し遂げた科学技術社会論及びその隣接領域に対する貢献は、そのような一般的に研究業績として認識されるものにとどまりません。日本において科学技術社会論研究者のコミュニティが形成される上で重要な契機となったSTS Network Japanではその黎明期に代表を務め、ブダペスト宣言を受けて発足された社会技術研究開発システム(RISTEX、現・科学技術振興機構社会技術研究開発センターの前身)が設立された際にも重要な役割を担われました。さらに、国立国会図書館調査及び立法考査局における「科学技術に関する調査プロジェクト」の立ち上げにも携わっていらっしゃいます。日本には米国や欧州に見られるような議会テクノロジーアセスメントの仕組みが存在していませんでしたが、科学技術の内容から研究の動向、関連する法制度、社会への課題までを総合的に調査し、議案・政策の検討に役立つ報告書を作成するという取り組みが恒常化されたことは、知識社会の実現に向けた大きな一歩となったと考えられます。

小林氏のこれらの取り組みは、先端的な知識生産を実現するためのエコシステムの形成とその発展に不可欠な社会的視座の醸成への重要な貢献として認めることができ、特別賞にふさわしい功績として評価をされました。

奨励賞

藤吉 隆雄 「自衛隊の科学技術機能の市民社会での受容」

藤吉氏は、科学技術社会論の重要なテーマの一つである科学技術と軍事の関係に関わる議論を深めることを目指し、日本特有の存在とも言える自衛隊の技術者集団としての側面に注目をして、陸上自衛隊少年工科学校における技術者養成のあり方と、その技術力を社会に提示する役割を担ってきた戦技研究部隊の活動に関する研究を提案されました。調査の対象とする組織・制度は戦後初期に遡るものであり、調査により得られる当時の記録・記憶を後世に残すという目的も意識されていることが、高く評価をされた理由でもあります。

調査活動の一環として展示会を開催し、その結果をまた展示の内容へと還元させることも計画されており、科学技術と軍事の問題が社会的にも注目される現代社会において、歴史的な観点からの議論の喚起を行うことは科学技術社会論という分野が担うべき社会的機能の一つとも言えるものです。ただし、調査を行い、史料を公開するだけでは、過去と現在を繋ぎ、受容と未来に向けた議論を促すには不十分ではないかとの意見もありました。今回の奨励賞受賞を契機に、批判的視座も取り入れながら、社会での議論を喚起する取り組みも積極的に進めていただくことを期待します。

実践賞

小宮 健 「分子ロボット技術に関わる科学コミュニケーションと市民参加の実践研究」

小宮氏は、新興科学技術分野の一つである分子ロボット技術の研究を行う科学者であり、現場の科学者が中心となって科学コミュニケーションの実践を行い、市民の声を研究に反映させることを目指した取り組みを展開しています。今回の提案では、日本科学未来館の市民参加型研究(オープンラボ)として実施する活動の中で、市民が抱く期待や懸念、関心などを体系的に分析して、その成果を分子ロボット技術研究の科学者コミュニティで共有し、社会として研究の将来像を作り上げることを目指しています。

これまでも科学者が主体となって行う科学コミュニケーションの事例はありましたが、本提案が研究の共創を視野に持続的な活動を目指していることが高く評価されました。コミュニケーションがより実のあるものとなるように、試行錯誤を繰り返しながら、その実践を改善し、他の新興科学技術分野が参照できるようなモデルケースを提示してくれることを期待します。