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投稿日 2018年8月1日

2018年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞選考結果について

柿内賢信記念賞選考委員会

(委員長)三上直之
小林俊哉
坂田文彦
田中隆文
夏目賢一
八木絵香
(五十音順)

【選考結果】

特別賞 70万円

NHK放送文化研究所上級研究員 七沢 潔
「日本における原子力問題と報道に関する実践と研究」

奨励賞 35万円

翻訳家・お茶の水女子大学大学院非常勤講師 高橋さきの
「性・性差の科学言説、特に「少子化」をめぐる科学言説」

実践賞 45万円

北海道大学高等教育推進機構 オープンエデュケーションセンター 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP) 特任講師 種村 剛
「演劇の専門家による「対話劇」を用いた「科学技術の社会実装についての熟議の場」の創出」

【選考をふりかえって】

2005年度に始まった柿内賢信記念賞は、一昨年度に特別賞が新設されました。それに伴って昨年度は、これまでよりも1カ月応募期限を早めたり、受賞者の事前発表を導入したりといったリニューアルが続きました。今回は、3年ぶりに前年とほぼ同様の公募内容とスケジュールに基づく募集・選考となりました。今年度の推薦・応募数は18件にのぼり、内訳は特別賞4件(個人および団体)、奨励賞9名、実践賞5名でした。ご推薦、ご応募くださった皆様に厚く御礼申し上げます。

特別賞には、初めて複数の推薦がありました。3年目を迎える同賞について、各方面へ情報がいきわたりつつある表れかと思います。広報にご協力くださっている皆様にこの場を借りて感謝を申し上げます。そして、前回までに引き続き、特別賞の趣旨にふさわしい受賞者を全選考委員の一致で選ぶことができたのは何よりの幸いでした。選にもれたいずれの推薦についても、選考委員会において、対象となった個人やグループの業績を高く評価する意見が出されました。ただ、それらの業績が「科学技術社会論に対する貢献」といえるかについては、意見が分かれる場面が目立ちました。もともとこの特別賞は、学会運営への寄与は対象としていませんが、その他、研究から実践まで幅広い領域にわたって科学技術社会論への顕著な貢献を評価することを旨としています。この趣旨をふまえてなお、今回の推薦の中に、科学技術社会論の要素を読みとることが難しいものが含まれていたことは事実でした。これは、今回ご応募くださった推薦者や被推薦者の責任ではなく、科学技術社会論という分野の存在とその性格、役割に対する認知を、学会の枠を越えてさらに広げていくという課題を、改めて浮き彫りにしたものと思われます。

奨励賞と実践賞については評価が伯仲し、一部の応募者について再審査を行うなどして選考を進めました。一連の審査の過程では、委員全員の一致した判断で部門を変更して審査を行ったケースもありました。このこと自体は本賞の選考において例外的な対応ではありませんが、委員会では、奨励賞と実践賞の違いや、奨励賞における「奨励」の意味などにまでふみこんだ議論が展開されました。「今後の発展が期待される研究を行う個人」に授与するとされている奨励賞について、選考委員会としては、各計画がどれくらい「今後の発展が期待される」ものであるかを評価するよう求められます。その際、応募者のこの分野におけるキャリアの長さや、研究業績の質・量を、どのように考慮に入れるべきかについて、やや白熱した議論が繰り広げられました。そうした議論も経て、応募者の計画について改めて審査を行い、最終的には、選考委員会の総意で、賞の趣旨に最もよくかなった受賞者を選ぶことができました。

以上の経緯からわかりますように、受賞者以外の推薦・応募の中にもきわめて水準の高い研究・実践が含まれていました。不採択となった推薦者・応募者の皆様には誠に申し訳なく思います。内容をさらにブラッシュアップして再度ご応募いただくことを、ぜひご検討いただければと考えています。本賞は、奨励賞・実践賞についてはとくに狭き門となっていますが、多数の良質な応募があることが、本賞ひいてはこの分野の充実につながります。皆様には、引き続き積極的なご応募と、広報・勧誘へのご協力をいただければ幸いです。

成城大学で開催された第17回大会の初日12月8日に執り行われた授与式の様子。左から奨励賞を受賞した高橋さきの氏、特別賞の七沢潔氏、実践賞の種村剛氏。その隣は倶進会の勝見允行理事長と柴田清学会長〈写真提供:川本思心氏〉

【選評】

特別賞

七沢 潔 日本における原子力問題と報道に関する実践と研究

七沢潔氏は、1981年に日本放送協会に入局し、チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)による食品汚染の問題を追ったNHK特集の制作を皮切りに、ディレクターとして原子力事故や原子力発電所の立地問題などを取材し、数々のドキュメンタリー番組を世に送り出してきました。国内外での徹底した取材に基づき、チェルノブイリ事故や東海村臨界事故(1999年)の深層、国内での原子力発電所立地をめぐる攻防に迫った番組は、大きな社会的反響を呼びました。福島第一原子力発電所事故(2011年)を受けて手がけたETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図〜福島原発事故から2か月」は、放射線科学の専門家などの協力を得て事故直後の汚染状況を独自に調査・報道しました。この番組は内外から注目を浴び、文化庁芸術祭大賞を始めとする多数の賞を受賞するとともに、その後、3年間にわたり6本の続編が制作されました。他方、七沢氏は、2004年に番組制作の現場からNHK放送文化研究所へ異動しており、それ以来、福島事故後に制作現場に復帰していた時期を除いて、同研究所の研究者として活動されてきました。この間、「原子力と報道」を主なテーマとし、NHKが保存している原子力報道の映像を丹念に視聴して、その内容を系統的に分析した結果を「原子力50年・テレビは何を伝えてきたか:アーカイブスを利用した内容分析」「テレビと原子力 戦後二大システムの50年」などの論文にまとめられています。これらの研究は、映像アーカイブを用いた先駆的な研究としてメディア研究者などから注目・言及されるとともに、日本社会における原子力のあり方、その伝えられ方について重要な知見を提供しています。2016年には、一連の研究成果を、福島事故後の研究・実践報告も含めた書籍『テレビと原発報道の60年』として出版されました。七沢氏の研究者としての活動の背景には長年にわたる原子力報道の経験があり、そうした現場経験に根ざした研究は、科学技術と社会の仲介者としての報道に関する科学技術社会論的な理解に対しても示唆に富むものと言えます。以上のように、七沢氏の活動は、ジャーナリストとしての実績はいうまでもなく研究の面でも、科学技術と社会の問題に関する顕著な貢献であり、特別賞を授与すべきものと評価されました。

記念講演をする七沢潔氏

奨励賞

高橋さきの 性・性差の科学言説、特に「少子化」をめぐる科学言説

「少子化」は現代日本が抱える重要な課題の一つですが、その原因・対策をめぐっては、偏見や固定観念に満ちた発言が繰り返されています。高橋氏は、「少子化」をめぐる日本の言論空間の中で、妥当性を欠きながらも、立法・行政過程に組み込まれ政策の根拠とされている科学言説が少なくないことに着目します。氏が、典型例として挙げるのが、3年前、文部科学省が作成・発行した高校保健体育の副教材で、「女性の妊娠しやすさの年齢による変化」のデータが、加齢の影響を誇張する形で誤って引用されていたケースです。今回の高橋氏の研究計画は、「少子化」をめぐる科学言説のこうした問題事例を積み上げ、当該言説の現代生物学の状況に照らした妥当性を検証するとともに、それらの言説の生成過程や、科学史的な位置づけを明らかにすることを目指しています。氏はこれまでも、現代の「性」や「性差」をめぐる科学言説を取り上げ、それらが有する「生物学決定論」的な性格を俎上に載せる研究を重ねてきました。本計画はそこからさらに「少子化」にフォーカスして研究を発展させるもので、テーマの今日的重要性や、科学技術社会論への貢献の可能性が、選考委員会においてきわめて高く評価されました。他方、少子化に関する言説分析という課題自体には必ずしも新規性はなく、研究の独自性という観点では、対象事例の厳選や分析方法の一層の彫琢が鍵となる、との指摘もありました。高橋氏は当初、実践賞に応募していましたが、選考委員会の判断で部門を移して審査を行いました。その結果、上述の通り研究としての発展可能性が高く評価され、奨励賞に選ばれました。

受賞の挨拶をする高橋さきの氏

実践賞

種村 剛 演劇の専門家による「対話劇」を用いた「科学技術の社会実装についての熟議の場」の創出

種村氏は、先端科学技術の応用に際して生じる社会的、倫理的な問題について人々が議論する場を設けるため、対話を中心とした演劇(対話劇)を用いることができないかと考え、4年前から実践を重ねています。「監視カメラとプライバシー」「自動運転車の開発」「人工知能を用いた人事評価」「ゲノム編集」などのテーマを取り上げ、科学技術コミュニケーター養成課程の受講者とともに、対話劇を組み込んだワークショップを学内外の会場で上演してきました。氏は、これまでの経験から、対話劇を創り演じることで、先端科学技術の社会応用をめぐって生じる、異なる「フレーミング(状況の定義)」について体験的に学べるし、観る人も、問題に関して積極的に考え、議論する機会を得ることができる、といいます。他方で、演出や演技の質が高まるほど、対話劇は感情を揺さぶるものとなり、かえって合理的に考え、話し合う際の妨げとなる危険性も示唆しています。今回、種村氏は、初めて本格的に専門の演出家や役者の協力を得て対話劇の完成度を高めつつ、演劇を科学技術コミュニケーションに用いることの正負両面の効果を検証しようとしています。選考委員会では、科学技術コミュニケーションの手法開発や、科学技術コミュニケーターの育成などの面で成果を見込める計画であると、高く評価されました。フレーミングの概念を体験的に学ぶ方法論を確立したり、コミュニケーションにおける感情の作用を分析したりといった、教育・研究の面での可能性にも期待が寄せられました。ただ、演出や演技の専門家の参画を得ることは演劇としての質を高めるには有効だとしても、それを科学技術社会論としての深まりに結びつける具体的な道筋までは、計画では明示されていません。演劇の専門家を交えた対話劇づくりの試行錯誤を、そのための新たな方法論の開拓につなげてほしいという期待も込めて、実践賞を授与すべきものと判断しました。

勝見理事長から賞状を受け取る種村剛氏