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投稿日 2015年11月1日

2015年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞選考結果について

柿内記念賞選考委員会

(委員長)平田光司
柴田 清
夏目賢一
日比野愛子
松原克志
三上直之
(五十音順)

【選考結果】

優秀賞 50万円

九州大学大学院比較社会文化研究院 教授 吉岡斉
脱成長時代における日本の科学技術の社会史についての総合的研究 

奨励賞 40万円

お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 大学院生 竹家一美
男性不妊の当事者をめぐる「現実」ー泌尿器科医とその患者の語りを通してー

奨励賞 30万円

東京大学大学院理学系研究科 准教授 横山広美
科学の新たなパトロネッジ 科学のクラウドファンディングについての研究

実践賞 30万円

名古屋大学大学院生命農学研究科 准教授 田中隆文
ローカルノレッジを防災・減災に活かすための方策の提案と試行

実践賞 30万円

明治大学情報コミュニケーション学部 教授 石川幹人
疑似科学とされるものの科学性評定サイトを媒介にした科学コミュニケーションの増進

【選考を振り返って】

本年度は優秀賞1件、奨励賞9件、実践賞5件、計15件の応募がありました。応募のほとんどが、研究または実践として価値があり、レベルの高いもので、難しい選考となりました。賞のそれぞれのジャンルの特性を考慮して、科学技術社会論の発展に資するという見地から授賞を決定しました。なお、今年度は優秀賞1名、奨励賞2名、実践賞2名の授賞となり賞金総額も180万円となりましたが、昨年度からの繰り越しがあったためであり、来年度以降には通常の総額となる見込みです。

2015年11月21日に東北大学で開催された授与式にて。写真左から平田光司選考委員長、調麻佐志学会事務局長、倶進会の勝見允行理事長、実践賞を受賞した石川幹人氏。〈写真提供:小林俊哉氏〉
優秀賞 吉岡斉
脱成長時代における日本の科学技術の社会史についての総合的研究

「通史 日本の科学技術 1945-1979」およびそれに続く「通史」第5巻と「新通史 世紀転換期の社会史 1995年~2011年」の「通史」シリーズは戦後日本の科学技術を社会との関連で通覧するものであり、科学技術社会論の研究者にとって不可欠の資料となっています。吉岡氏は「通史」シリーズの当初から中心的な役割を果たしてきました。本申請は、2010年代を記述する「新々通史」をそのシリーズの後継として準備するためのものであり、その潜在的意義は高く評価されました。吉岡氏は通史以外でも日本の科学技術史、特に核エネルギー研究開発利用の歴史に関する多数の著名な業績を持ち、なかでも3.11以後に加筆修正されて出版された「新版 原子力の社会史—その日本的展開」は日本の原子力について論ずる場合の必読書とも言えるものになっています。さらに、著作活動だけでなく、政府審議会への参加、原子力市民委員会の立ち上げなど、その研究成果を実践に活かし、またそこから科学技術社会論に新たな視点を提供してくれています。これら科学技術社会論への貢献は選考委員会でもきわめて高く評価されました。これまでの業績、およびそれをふまえた今回の申請は、委員会の全員一致で優秀賞にふさわしいと評価されたものです。

奨励賞 竹家一美
男性不妊の当事者をめぐる「現実ー泌尿器科医とその患者の語りを通してー 

男性不妊についての認識は、近年大きく変化しており、積極的な検査・治療を促す動きが顕著です。しかし、社会には不妊を女性の問題としてとらえがちというジェンダーバイアスがあり、そのような社会的認識のある中で、男性不妊の当事者は自己のアイデンティティーにかかわる問題に直面することになります。この問題は医療、家族、社会(文化)が複雑にからむものであり、科学技術社会論の研究テーマとして重要なものになると考えられます。竹家氏はまず泌尿器科の医師への聞き取り調査から始め、男性患者への聞き取りを目指す方針です。男性患者への聞き取り調査は協力者の確保が難しいと思われますが、研究を重ねることによって科学技術社会論の今後の発展に寄与する大きな成果が期待できると判断されました。

奨励賞 横山広美
科学の新たなパトロネッジ 科学のクラウドファンディングについての研究 

日本では科学研究の資金は政府などの公的資金、企業からの委託研究費などが主なものです。しかし、最近「クラウドファンディング」という新しい研究資金獲得法が模索されています。資金の欲しい研究者がネット上に映像などで呼びかけ、支援者をつのるものです。横山氏はこの動きに着目し、その利点と問題点を明らかにすることを計画しています。例えば研究者が公衆に何をアピールするか、それは科研費などのピアレビューに基づく公的資金の場合とはどう違うか、それはどのように公衆に受け取られるか、などについてクラウドファンディングに挑戦した研究者への聞き取り、およびウエッブ上でのアンケート調査によってその潜在的支援者の傾向を探るものです。科学パトロネッジは科学コミュニケーション研究としても新規性があり、この研究テーマからは科学技術社会論、ひいては科学研究のあり方そのものの可能性を占うような成果が期待されると評価されました。

実践賞 田中隆文
ロ-カルノレッジを防災・減災に活かすための方策の提案と試行

ローカルノレッジは科学技術社会論のキーワードの一つですが、その分析を詳細におこない、さらにそれを社会的に活かすための活動はそう盛んでは無いようです。田中氏は甚大な土砂災害を経験してきた地域に注目し、失われつつあるローカルノレッジを掘り起こし、それらを活用するためにWSの開催や郷土館などでの展示、さらにはそれらを地区防災計画に反映させることを試みる計画です。地区の防災計画を作成するにあたっては「専門家」のアドバイスを受けることが内閣府によって促されていますが、それは往々にしてローカルノレッジとは異なる「専門知」になっています。本申請課題による実践はローカルノレッジと「専門知」の建設的なすり合せを促すものとして、科学技術社会論の観点から大変興味深いものです。なお、本課題は奨励賞に申請されたものでしたが、実践賞としての価値が高いと判断して実践賞による授賞としました。

実践賞 石川幹人
疑似科学とされるものの科学性評定サイトを媒介にした科学コミュニケーションの増進

石川氏は疑似科学の疑いのある商品などに関し、消費者と科学者(および、将来的には企業や行政)が双方向的に情報交換できるウェブサイト「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」を運営されています。これ自体がユニークな試みとして注目に値するものですが、本申請はこのサイトの中に「疑似科学関連用語辞典」を構築しようとするものです。擬似科学の分析には科学哲学の知見を応用することも不可欠であり、専門的な概念も使用されがちですが、用語辞典を作成することにより擬似科学の議論に多くの人が参入しやすくなることが期待されます。また、サイトの運営自体が科学技術社会論的な科学コミュニケーションの実践として意義深いものです。用語集の作成をさまざまな立場の市民からの意見、評価を取り入れつつ行なうことは、より深いコミュニケーションを目指す実践であり、科学技術社会論への貢献が大いに期待されると評価されました。

2015年度受賞者の研究計画要旨

優秀賞 

吉岡斉 「脱成長時代における日本の科学技術の社会史についての総合的研究」

私は1970年代半ばより約40年にわたり、社会的活動としての科学技術について、歴史的・批判的研究を重ねてきました。とくに1990年代からの約四半世紀は、戦後日本科学技術の社会史的研究と、原子力開発利用の歴史的・政策的研究を「車の両輪」として、科学技術の歴史的・批判的研究を進めてきました。

今回受賞の対象となった研究課題は、「脱成長時代における日本の科学技術の社会史についての総合的研究」であり、「車の両輪」の一方に相当します。この領域において私は1980年代半ばより約30年にわたり、多数の研究者・実務家を結集したプロジェクト研究にコアメンバーとして関わってきました。その主要な研究成果は、中山茂、後藤邦夫、吉岡斉編著『通史 日本の科学技術』(全5巻+別巻、学陽書房、1995~99年)、および吉岡斉代表編集『新通史 日本の科学技術』(全4巻+別巻、原書房、20011年~12年)です。さらに『新通史』の後継プロジェクトとして、2010年代日本の科学技術と社会に関する作品(仮称『新々通史』)を、2020年代初頭を目標に出版する構想を立てています。

この新しい研究プロジェクトでは2010年代を「脱成長の時代」として把握することが妥当であると見込んでいます。21世紀初頭をピークとして、日本の人口、国内総生産(GDP)、エネルギー消費などの主要経済指標が、拡大から縮小へと転じ、今後もそうした収縮傾向が長期にわたって続くことが予想されるからです。これに関して日本は世界の先進諸国の中でも最先端を走っており、この時代をいかに上手に適応していくかの先進例として、世界的に価値のある経験を積んでいくことができるでしょう。

なお私自身はそうしたプロジェクト研究の成果を生かしつつ単独で、戦後70年をカバーする日本科学技術の社会史の標準的テキストを完成させる決意です。

奨励賞 

竹家一美 「男性不妊の当事者をめぐる『現実』-泌尿器科医とその患者の語りを通してー」

本研究の目的は、男性不妊症と診断された男性の「現実」を、泌尿器科医とその患者へのインタビューを通して、可視化することである。

日本では従来、不妊と男性は関係のないものとして隠蔽されてきた。不妊原因の約半分が男性側にあることは、医学的にはわかっていても、社会的には「不妊は女性の問題」という認識があるため、不妊治療は「産めない女性の治療」とみなされてきたのである。

だが近年、男性不妊を巡る状況が変わり始めた。2014年には、男性不妊の専門医らがNPO法人を設立し、男性不妊治療の必要性を啓蒙する活動を始め、行政レベルでも、男性不妊治療の助成制度を新設する自治体が出てきた。その背景には治療法の進展、特に無精子症の治療法である「顕微鏡下精巣精子採取術(micro TESE)」の臨床応用がある。2000年頃米国から導入され14年には国内57施設で実施可能となった同手術は、保険適用外で高額な費用がかかるものの、その効果が認められたため、行政も支援に踏み切ったのであろう。

他方、学術的にも、人文社会科学領域では、不妊と男性を巡る問題は看過されてきた。ジェンダーと科学技術の研究でも、女性のみを対象とすることの限界は指摘されてきたが、「男らしさ」の形成と男性不妊治療技術の相互構築的な関係は等閑視されてきた。男性不妊が原因でも施術対象は女性になるという、技術開発におけるジェンダー・バイアスを指摘する論考は多いが、男性と不妊との関係に切り込んだ研究は、管見の限り日本にはほぼ存在しない。

不妊を女性の問題とみなす社会では、男性にとって男性不妊は想定外の事態となりうるが、ならばその時、男性のアイデンティティには何が起きるのか。そしてその後、泌尿器科を受診していく過程で、彼らのアイデンティティや身体観、生殖観はどのように変化するのか。本研究では、特にmicro TESEのような先端技術の選択・経験が、患者の「現実」に及ぼす影響を、社会との相互行為の観点から検討していく。

横山広美 「科学の新たなパトロネッジ 科学のクラウドファンディングについての研究」

本研究では、現代における科学研究のパトロネッジを俯瞰しながら、近年、新たに台頭してきた科学研究のクラウドファンディングの課題と可能性を明らかにすることを目標にする。

科学研究のパトロネッジについては多くの議論が重ねられてきた。19世紀までは貴族や有力者が資金を提供し、その後は多くの国で税金を元に政府が主たる出資者になった。企業との産学連携や特許、ベンチャーキャピタルなどの活動は、大学のあるべき姿と共に議論され、科学研究と科学者、出資者の間の緊張関係は大きく変化を続けている。そこに新たに、ウェブ上で科学研究への出資を募るクラウドファンディングが現れた。日本でも近年、科学研究への出資を募るクラウドファンディングの活動が活発化している。

最初に述べておくべき点は、科学研究に対するクラウドファンディングは、安定的に科学研究を行う予算の主要部分を占めるものではないことだ。しかしながら年々厳しさを増す研究環境を考えれば、クラウドファンディングは今後の科学研究のパトロネッジとして一定の可能性を秘めているかもしれない。

クラウドファンディングは政府の配分する競争的資金のように専門家による審査システム(ピアレビュー)を持たない。多くの場合、科学者が出演する映像を作成し、SNSを通じて拡散して多様な公衆にそれぞれの科学研究に対し支援を求める。こうした独自の評価、支援体制は科学研究と社会の両方にプラス面とマイナス面をもたらす可能性がある。

そこで本研究では、以下3点を明らかにすることを目標にする。

  1. 研究者たちはなぜ参加するのか、公衆はなぜ支援するのか/しないのか
  2. 多様な公衆が科学研究を直接に評価するプラス面とマイナス面は何か
  3. 科学研究のクラウドファンディングの課題と可能性は何か

実践賞

田中隆文「ローカルノレッジを防災・減災に活かすための方策の提案と試行」

本研究は,地域や住民が有するローカルノレッジの発信を促し,防災・減災に活かしていくことを目的としてその方策の提案と試行を行う実践的な研究である。

災害現場が抱える個別の条件には,ローカルノレッジとして伝えられてきたものもあるが,過疎化の進行や市町村合併,これらと連関する小学校の統廃合,生活様式の変化などにより,その認識も薄れ伝承も危うくなっている。 住民が参加しているというだけのボトムアップに終わらせないためには,a)科学知によらずにローカルノレッジをチェックできる場の創出とb)ローカルノレッジが実際に防災・減災に活用されるという目的の明確化,の2点が重要となる。

本研究では,1)地域コミュニティーと共に災害に直結しないものも含めた広い分野のローカルノレッジの認識・収集を実施する。その際,日常生活と様々にコンテキストを共有するもの,日常とは切り離しえないものとして災害を捉えることによって,ローカルノレッジの再認識・発信を促す。過疎が進行する集落で将来の廃村が想定される場合でも,ローカルノレッジの伝承は生活空間であった証を残す意義があり,さらに将来および下流地域の防災・減災にも通じるという有効性を訴えたい。

次に,2)収集したローカルノレッジは,地域の郷土館や公民館などで展示し住民自身によるチェックの機会を確保し,さらにWSを開催して議論を深める。さらに,3)ボトムアップ的な地区防災計画を災害対策基本法に基づき公認する制度(地区防災計画制度)を活用しローカルノレッジの公認化を進めその伝承を確実化するとともに,その過程を通じて成果の地域防災への定着を図る。以上の,ローカルノレッジを防災・減災に活かすための方策の提案と試行の過程と成果は,ケーススタディとして報告書にまとめ,科学技術社会論の研究者に供したい。

石川幹人 「疑似科学とされるものの科学性評定サイトを媒介にした科学コミュニケーションの増進」

本研究は、これまで科研費の支援を受けて構築してきた「疑似科学とされるものの科学性評定サイトhttp://sciencecomlabo.jp/」に、さらに機能を増設することで、当該サイトを媒介にした科学コミュニケーションの増進が可能かどうかを究明しようとするものである。

当該サイトは、コラーゲンサプリ、磁石治療、ゲルマニウム、占星術など、科学の体裁がありながらも科学であることが疑わしい対象について、科学・発展途上の科学・未科学・疑似科学の4段階で評定するものである。2015年5月に本格稼働して以来、半年で15万ページビューの注目サイトになっている。

この評定にあたっては、理論の観点、データの観点、理論とデータの関わりの観点、社会的な観点から抽出された「科学が満たすべき10の条件」にもとづいてなされている。また、その評定は、閲覧者からの意見や情報の投稿によって更新されており、ひとつの科学コミュニケーションの場として運用されている。

しかしこのサイトでは、疑似科学を例題にして科学的方法の理解を広く普及させることを狙っているものの、現状では、一般市民には専門的すぎるきらいがある。今後、一般市民の閲覧・参加を促進するために、評定内容記述のハードルを下げる必要性があると指摘できる。

そこで本研究では、疑似科学に関する用語を解説するハイパーテキスト事典を当該サイトに増設することを計画した。この事典を参照することで、評定記述が飛躍的に理解しやすくなると予想できる。サイトを媒介にした科学コミュニケーション研究としても、心理面や社会面の知見が得られると期待できる。