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投稿日 2014年11月1日

2014年度 科学技術社会論・柿内賢信記念賞選考結果について

柿内記念賞選考委員会

【選考結果】

優秀賞        50万円

武蔵野大学薬学部 教授     小松 美彦(こまつ よしひこ)
「日本への生命倫理の導入をめぐるキーパーソンの証言―メタバイオエシックスの展開へ」

奨励賞        40万円

早稲田大学大学院政治経済学術院 准教授  田中 幹人(たなか みきと)
「3.11を巡る報道動向の研究―全国紙/地方紙比較の観点から」

実践賞        30万円

京都大学大学院理学研究科 教授   藤原 耕二 (ふじわら こうじ)
「数学のアウトリーチ活動JIRから派生した科学・法律・報道の相関に関する研究」

【選考を振り返って】

応募総数は9点で、内訳は優秀賞1点、奨励賞6点、実践賞2点でした。昨年は柿内賢信記念賞の募集の趣旨と合わない応募がいくつかありましたが、本年度は本賞の「科学・技術と社会の問題」に関する研究者・実践的活動者支援という趣旨に何らかの接点を見出そうとする応募で、この点はよくなりました。懸案事項である応募総数の増大については、募集要項や応募書類の見直しを行い、少しでも多くの方に本賞に応募して戴きやすいようにと努め、また機会を捉えては選考委員からも多くの方に応募を勧めることも行いましたが、残念なことに昨年を下回る結果になりました。

しかし、多くはない応募者の中からでしたが、賞にまことに相応しく優れた研究計画を委員会全体で一致して選考できたことを大変喜ばしく思います。奨励賞については当初2名を予定していましたが、委員会全員一致で次点を見出すには至りませんでした。実践賞については、研究計画の応募に対して満額を提供しています。賞の高いレベルを維持する意味で、応募総数の少なかった本年度の余剰資金は、倶進会さまのご厚意で来年度に限り繰越とさせていただくことになりました。

昨年も申し上げましたが、計画に厳密な積算が求められているわけではありませんし、成果についても本賞が取り立てて煩瑣な報告を求めているわけではありません。そして来年度は賞金総額が上積みされますので、皆様が奮ってご応募下さいますようお願いいたします。

選考方法はこれまでの方法を踏襲し、あらかじめ採点の基準を決め全般的な議論をした上で、各賞について選考委員が独立個別に順位をつけて持ち寄りました。また昨年同様、基本的には応募者の申請部門を尊重しておりますが、選考の公正さから外れない限り審査部門の変更も念頭に置いて選考に臨みました。その結果、きわめて優れた研究を、委員一致して選ぶことができ、ご報告する次第です。

【選評】

【優秀賞】

小松 美彦「日本への生命倫理の導入をめぐるキーパーソンの証言―メタバイオエシックスの展開へ」

小松氏は共同研究者らとともに、旧来のバイオエシックスの「超克」をめざして「メタバイオエシックス」を提唱してこれまで共同研究を展開し、その成果について書籍『メタバイオエシックスの構築へ』『生命倫理の源流』などのかたちで発表してきました。本研究計画は、これまでの研究をさらに展開するべく、日本におけるライフサイエンスの振興と生命倫理の導入で中心的役割を担ってきた元首相らに再インタビューを含めてインタビューを行うことで、ライフサイエンスと生命倫理の関係について歴史的に検証しようとするものです。科学技術社会論において重要な研究領域の一つである生命倫理について、歴史的視点から検討する本研究は、今後の科学技術社会論研究においてきわめて重要な位置を占めることになるものと思われます。

小松氏はこれまで、生命倫理の関連領域で多くの著書・共著書を出版しており、科学技術社会論研究に多大な貢献をしてきています。それらの実績と、今回の研究計画がメタバイオエシックス研究のさらなる展開につながるものであることを踏まえ、優秀賞にふさわしいものと判断しました。

【奨励賞】

田中 幹人「3.11を巡る報道動向の研究―全国紙/地方紙比較の観点から」

田中幹人氏は、生命科学分野で博士号を取得した後、科学技術ジャーナリズム分野の研究、教育、言論活動などに幅広く従事し、日本におけるこの分野の代表的な人物になりつつあります。とくに2011年の東日本大震災後には、この未曾有の大災害で露呈したリスクコミュニケーションの諸問題について分析を進め、その成果を標葉隆馬氏と丸山紀一朗氏との共著(田中氏が代表著者)『災害弱者と情報弱者―3.11以後、何が見過ごされたのか』(2012)などで発表してきました。

本研究課題は標葉隆馬氏との共同研究となっており、この『災害弱者と情報弱者』などでの分析をさらに前進させたものになっています。これまで田中氏は、全国紙やインターネット空間の言説データを分析対象としてきましたが、同書では報道のフレーム構築のあり方と情報弱者の問題が重要なテーマとなっており、分析対象をさらに地方紙へと拡大して比較分析を進めることは必然的な展開だったと言えるでしょう。実際、田中氏はすでにいくつかの地方紙の記事データをまとまった形で入手して、それらの分析にも着手しているようです。研究計画で述べられていた研究方法にはいくぶん抽象的なところもありましたが、これまでの業績でなされていたデータ分析や理論的考察の具体的な内容を評価しました。さまざまな地方紙を対象として一般的で深い主張を導くことは困難なことも予想されますが、科学技術ジャーナリズム分野だけでなく、科学技術社会論全体にも幅広く貢献する研究成果に発展していくことを期待して奨励賞を授与します。

【実践賞】

藤原 耕二 「数学のアウトリーチ活動JIRから派生した科学・法律・報道の相関に関する研究」

当課題は、数学のアウトリーチを目的とした活動プログラム「数学のジャーナリスト・イン・レジデンス」(JIR)における関係者の情報共有と議論を促進する場作りのために実施されるものです。JIRでは、数学に関心のあるメディア関係者・弁護士が、大学の数学教室に滞在・取材する活動が展開されてきました。藤原氏による今回の実践企画は、活動参加者同士の意見交換をはかり、法、科学、報道の関係性を検討することがねらいとされています。

科学コミュニケーションの実践といえば、一般市民と科学者との対話がクローズアップされることが多いですが、科学専門家の言語を翻訳するメディアという場においてこそ、科学をめぐる認識の異なりが顕在化します。そのためメディアに関わる専門家同士の学び合いの機会が重要であることは、近年の科学コミュニケーション研究の中でもしばしば強調されています。当企画は、これまでの実績にもとづきながら、新たな実践上の知見を抽出することが期待されます。なお、当課題は、研究的側面も持ち合わせていますが、実践活動としての性格が強いと審査委員のほぼ全員が判断したことから、実践賞助成の対象に選定しました。