選考委員(五十音順)、*委員長
*井口春和(自然科学研究機構・核融合科学研究所)
坂田文彦(倶進会理事、茨城大学名誉教授)
中村征樹(大阪大学 全学教育推進機構)
永田素彦(京都大学大学院 人間・環境学研究科)
比屋根均(ラーテン技術士事務所)
山口富子(国際基督教大学 教養学部)
科学技術社会論学会では、財団法人倶進会の研究助成「柿内賢信記念賞」(「かきうちよしのぶ」と読む)について、倶進会と共同して会員・非会員を問わず広く公募を行うと共に、その選考過程への協力を依頼されています。倶進会の方針により、今年度より新たな枠組みでの募集となりました。8月末の締切りまでに11件(優秀賞0件、奨励賞8件、実践賞3件)の応募がありました。
選考委員会では、約1ヶ月かけて慎重に審議を重ね、下記の通り、奨励賞2件、実践賞2件を授与することに決定いたしました。
【選考結果】
優秀賞:
- 該当なし
奨励賞:
- 水島 希
「原子力災害後の女性運動と科学技術:放射性物質をめぐる女性たちの経験・実践の記録と分析」
研究助成金 40万円
- 吉良貴之
「『科学裁判』から考える法と科学技術の変容」
研究助成金 30万円
実践賞:
- 嘉指 信雄
「放射性廃棄物の軍事利用である劣化ウラン弾をめぐる科学的・政治的・法的問題の再検討」
研究助成金:40万円
- 樫本 喜一
「奄美群島における原子力関連施設等立地反対運動関係資料の収集と保存」
研究助成金:40万円
【選考を振り返って】
選考にあたっては、募集要領の趣旨にしたがって、「科学技術と社会の界面に生じるさまざまな問題に対して、真に学際的な視野から、批判的かつ建設的な学術研究」と認められるか、という視点を基準に審査いたしました。それぞれの応募書類について、6名の選考委員が独立に審査・採点を行った上で、その結果を持ち寄って最終審査を行いました。各選考委員の専門分野が異なるため、一部評価の割れる研究課題もありましたが、それらについては特に議論を深め、最終的な結論に至りました。今回は優秀賞への申請がありませんでした。申請課題全体を見渡して、申請者の希望枠を越えて賞を選考する可能性も検討しましたが、結果として希望枠と同一の授賞となりました。特に実践賞については優劣の判定が難しく、投票により結論を出すことにし、最終的に2名の授賞と致しました。
尚、選に漏れたとはいえ、研究課題や研究計画において優れた内容のものもあり、それらについては是非、研究推進の手段を別に見いだし、研究を遂行して頂くことを祈念致します。
【選評】
奨励賞:
水島 希「原子力災害後の女性運動と科学技術:放射性物質をめぐる女性たちの経験・実践の記録と分析」
水島氏は「なぜ、ある特定の時期に想定外の対象が『非科学的』とみえる活動や言動を行うのか?」という問題意識を中心に据え、福島第一原子力発電所事故以後に起こった、関東圏に住む母親たちによる放射性物質の測定運動を、記録・分析するという研究課題を提案されました。Wynne (1992) によるセラフィールドの牧羊家研究を踏まえ、母親たちは、線量データを含む科学情報をどのように理解したのか、得られたデータからどのような判断をしたのか、判断の基準は、どのような情報をもとに放射性物質に対する測定や防御の実践をおこなったか、といった問いを立て、その答えを模索すると述べられております。
この課題は、今日的なテーマであるということのみならず、日本における科学技術社会論において比較的蓄積が少ない、ジェンダー研究、フェミニズム理論との接続という問題を取り扱うという点で、学術的な意義があると考えます。データは、インタビュー調査を中心とするフィールド研究とフォーカスグループディスカッションで収集すると書かれていますが、そうした研究の鍵となる、調査対象者の確保ができており課題の実行可能性が高いと考えます。研究を遂行するにあたり、計画書に示されている「状況にお置かれた知」「エコフェミニズム」といったさまざまな理論とフィールド研究から得られたデータをどう関連づけてゆくのか、道筋を明確にした上で、フィールド研究に臨んでいただきたいと思います。
奨励賞:
吉良貴之「『科学裁判』から考える法と科学技術の変容」
現代社会における法と科学技術の関係の変容のあり方を、法的思考に内在した視点から描き出し、科学技術社会論における法の意義を明らかにするという課題は、チャレンジングな取り組みであり奨励賞にふさわしいと判断しました。吉良氏によれば、最先端の科学技術を争点とする現代型科学裁判では、将来起こりうる不確実な被害を対象とするため、科学的不確実性とともに法的不確実性も増すことになります。そうした不確実性に対処するために、法システム、すなわち、司法と立法・行政が、各種の社会運動と連結しながら、有機的なつながりを強めるという動きが見られます。こうした現状分析をふまえ、科学技術に対する法の規制的/促進的関係を明らかにすることは、科学技術社会論に重要な理論的貢献をなすものと思われます。
吉良氏は法哲学を専攻しており、これまでにJST-RISTEXの研究プロジェクト「不確実な科学的状況での法的意思決定」に参加し、「法と科学のハンドブック」の作成に携わるなど、法律家と科学者の思考様式の共通点と相違点を明らかにする研究を重ねており、本課題を遂行するための準備も十分に整っていると判断しました。
選考の過程では、研究計画が具体性に欠けるという指摘がありましたが、申請書にも書かれているように現代型科学裁判の具体的ケースを素材にして、説得力のある研究を進めていただきたいと思います。
実践賞:
嘉指信雄「放射性廃棄物の軍事利用である劣化ウラン弾をめぐる科学的・政治的・法的問題の再検討」
嘉指氏は、イラク戦争開始直後より劣化ウラン弾使用禁止の運動を開始され、ICBUW(ウラン兵器禁止をもとめる国際連合)などで国際的にも重要な役割を果たされています。劣化ウラン弾は濃縮ウラン製造段階の放射性廃棄物であり、兵器使用によって放射性物質を環境中にまき散らし、外部および内部被ばくでの健康被害の懸念があります。また実際に使用の疑われる地域ではがんや先天性障害などの問題も発生していますが、国際的には未だ使用禁止に至っていません。その理由として嘉指氏は次の2つの問題を指摘しています。1つは長年の戦闘で医療機関の荒廃した地域では、学問的レベルの疫学調査が至難で証明困難だという科学的問題であり、もう1つは「予防原則」が働かないという政治的・法的問題です。
申請計画では、科学的問題に関して、来年東京で開かれる国際会議に、イラク南部バスラ地域の疫学調査研究グループからイラン人医師を招へいし、疫学調査の現状報告と日本の専門家との議論を企画されています。また、政治的・法的問題に関して、劣化ウラン問題が議論される予定の今年12月の国連総会における各国の意見陳述や投票行動の分析が企画されています。
このように本計画は、現在進行形の問題を、様々な知を集めて科学的及び政治的に検討し、そこから実践的な解決方策を探ろうとするものであり、実践賞にふさわしいと評価しました。
実践賞:
樫本喜一「奄美群島における原子力関連施設等立地反対運動関係資料の収集と保存」
核燃料再処理工場を巡る諸問題は、現在の日本が直面する大きな課題の一つです。樫本氏は、1970年代以降に全国各地で計画された核関連施設の建設計画に対して、地元住民を中心とする様々な反対運動を通して計画が頓挫した歴史経緯について、現地調査を中心とする活動を続け、それぞれの地域の特徴に根ざした建設反対の論理構築と運動形態があったことを明らかにしてきました。今回の研究課題は、その中でほとんど手つかずの状態にあった奄美群島における再処理工場建設計画に対する反対運動について、奄美群島独自の歴史経緯が存在したことの発見に基づき、関連資料の収集と保存を集中的に行おうとするものです。こうした地方における核関連施設の建設計画の中止は、長期に亘る反対運動から導かれたものであり、それ故、その過程を記録することは、現代の科学技術文明に対する文明批判としての側面からも貴重です。これら資料は、計画が頓挫した結果、年を経ると共に社会から忘れ去られ、埋もれ、消失していく危機にあります。日本の原子力政策の歴史的全体像を明らかにする上でも、失われる前にアーカイブズとして整備しておくことは喫緊の課題と判断し、実践賞助成の対象に選定しました。
2011年度受賞者 研究計画要旨
研究課題:
原子力災害後の女性運動と科学技術―放射性物質をめぐる女性たちの経験・実践の記録と分析
水島希(東京大学情報学環)
研究計画要旨
福島第一原子力発電所事故の後、全国で放射線量測定や被ばく低減のための市民活動が盛んになった。中でも「母親」たちの動きは大きく報道されたが、福島第一原発に近い地域だけでなく、一般に「被災地」とは認識されていなかった関東地域においても、「母親」らによるインターネットサイトが次々と立ち上げられ活動が行われた。こうした動きに対し、専門家や行政からは過剰反応で非科学的、感情的な行為であるといった非難が向けられ、女性運動の側からは母性主義の強化を懸念する声もあがった。
母親たちによって行われた放射性物質をめぐる活動は、本当に非科学的で母性主義に基づくものだったのだろうか。ホームページや提言書などを対象とした予備調査では、居住地域での放射線量自主測定をはじめ科学的データの収集や情報公開、行政および教育機関との交渉といった実践的活動が行われたことがわかっている。こうした「母親」たちの活動は、政府データとは異なる、ある特定の地域における科学的データの取得と利用を目指しているという点で科学主義的な側面を持っており、科学の民主化や、科学という営みが持つジェンダーバイアスを考える際に有効な事例の一つとみることができる。
そこで本研究では、関東地域の母親たちの懸念を発端に立ち上げられた放射性物質に関する実践活動の詳細を記録し、使用されている「科学」の内容、活動を行った女性たちの経験や科学技術に関する認識を調査する。また、過去の参照点として、チェルノブイリ原発事故を契機として放射性物質測定活動を行ってきた女性たちへの聞き取り調査を行い、現在の動きと共通する理念や質的差異を検討する。さらに、こうした活動の中にみられる理念や態度を整理し、科学技術に関するフェミニズム理論、たとえばダナ・ハラウェイが提唱した「状況に置かれた知」概念などを用いた分析を行うことにより、実践との接合点を探りたい。