イベント & ニュース
投稿日 2011年11月1日

2011年度柿内賢信記念賞研究助成金の選考結果

 選考委員(五十音順)、*委員長

*井口春和(自然科学研究機構・核融合科学研究所)
中村征樹(大阪大学)
永田素彦(京都大学)
比屋根均(ラーテン技術士事務所)
山口富子(国際基督教大学)

科学技術社会論学会では、財団法人倶進会の厚志をいただき、2005年度から「科学技術社会論・柿内賢信記念賞」(「かきうち よしのぶ」と読む)を設け、会員・非会員を問わず公募しています。7回目となる今年度は、9月15日の締切りまでに、12件(学会賞1件、奨励賞6件、実践賞5件)の応募がありました。

選考委員会では公募終了後から約1ヶ月かけて、慎重に審議を重ね、下記のとおり、奨励賞1件、実践賞2件を授与することに決定いたしました。学会賞については、今回は該当者なしと致しました。

【選考結果】

学会賞:

  • 該当なし

奨励賞:

  • 見上公一「バイオリソースの構築に関する研究ー科学社会学の視点から」 研究助成金 40万円

実践賞:

  • 上田昌文「食品放射能汚染の計測の合理化・適正化に関する社会実験的研究」 研究助成金 50万円

実践賞:

  • 渡部麻衣子「ダウン症に関する社会的認識の形成:「親の視点」を表現する活動としての「Shifting Perspective」(英国)の分析と実践の援助」

【選考を振り返って】

選考に当たっては、当学会の設立趣旨である「科学技術と社会の界面に生じるさまざまな問題に対して、真に学際的な視野から、批判的かつ建設的な学術的研究を行うためのフォーラム」という視点を基準に審査致しました。それぞれの応募書類について各選考委員が独立に審査・採点を行った上で、その結果を持ち寄って最終審議を行いました。応募された研究課題が幅広い上に、各選考委員の専門分野も異なるため、個別審査で評価の割れるものもありましたが、最終審査の結果、全委員の意見の一致による決定となりました。学会賞については、応募要領にあるとおり、科学技術社会論分野における実績とのつながりを重視したため、本年度は該当者なしと致しました。奨励賞と実践賞については、応募とは異なる部門における授賞の可能性についても検討致しました。応募内容を総合的に判断した結果、今回は奨励賞1件、実践賞2件が適切と判定し、いずれも応募部門での受賞となりました。

なお、選に漏れたとはいえ、研究課題や研究計画において優れた内容のものも多くあり、それらの課題についても是非研究推進の手段を見いだし、成果を上げていただくことを期待いたします。

【選評】

奨励賞
見上公一「バイオリソースの構築に関する研究 ―科学社会学の視点から―」

バイオリソースの構築という国家科学技術戦略を「生命の価値」という科学社会学的な問題意識の中に位置付けるという課題は、意欲的な取り組みであり奨励賞にふさわしいと評価を致しました。見上氏は、ポストゲノム時代における風潮を批判的に捉える欧米の研究群を紹介した上で、日本では、固有の生命の価値を形作る社会構造が有るのではないかという仮説のもと、資源の選出、資源化の過程、資源の活用という3つの観点から国家科学技術戦略を分析するという枠組みを構想されています。こうした取り組みは、科学応用についての現場研究として、また科学社会学的な日本の観察事例を増やすといった意味におい て、知への貢献につながる事でしょう。

見上氏は、インターネット上にある公開情報、バイオリソース整備戦略作業部会の議事録などの資料を精査した上で、バイオリソースの利用者を対象とし、インタビュー調査をするという方法を提案されていますが、調査対象者へのアクセスなども確保されており研究の実行可能性も高いと判断しました。

選考において、研究対象と、目的に示されている日本の独自性という仮説との整合性についての指摘がありましたが、そうした点を改善しつつ理論的深化を目指して頂きたいと思います。

実践賞:
上田昌文「食品放射能汚染の計測の合理化・適正化に関する社会実験的研究」

本研究課題は、食品放射能汚染の計測について、消費者・生産者の双方に利益をもたらすべく合理化・適正化をはかるための社会実験的研究を実施するものです。福島原発事故による食品放射能汚染が消費者・生産者に不安と混乱をもたらすなか、時宜にかなった研究課題であり、社会的意義はきわめて高いと考えます。

研究計画は、代表的食品10品目前後のセシウム汚染の推移について仮説を立て、検査の簡素化・適正化を検証するための実験を実施するとともに、消費者への適切な情報提供のあり方について検証するものとなっています。また、農畜産物の産直・共同購入を進めてきた株式会社「大地を守る会」との共同実施体制が組まれています。実施計画が綿密に練られ、実行可能性も担保されており、研究成果に大きな期待をもたせるものとなっています。

多くの関連する団体・機関や、政府関連機関等で実施される食品放射能汚染対策にも大きな示唆を与えうるような成果が産み出されることを期待しています。

実践賞:
渡部麻衣子「ダウン症に関する社会的認識の形成:「親の視点」を表現する活動としての「Shifting Perspective」(英国)の分析と実践の援助」

研究対象のShifting Perspectiveは、英国のプロカメラマンたちによる、ダウン症を持つ子供たちの写真作品を作品展やウェブサイトなどで発表する活動です。2005年の発表から始まり、英国ダウン症協会の賛同を得て進められています。渡部氏は、この活動を「親の視点」からのダウン症の社会的認識を形成する試みと見、これを遺伝学的知識と出生前診断技術という科学・技術の発展との対照の中で捉えることによって、STS的な研究課題を見出されています。

研究計画は調査分析と実践活動の2つからなりますが、特に、Ian Hackingの「ループ効果」概念を用いた、「経験の共有」を通じた包括的な「知」の形成過程としての分析など、その調査分析の計画は、学術的意義も高く評価されるものです。また、あらゆる障害や疾患に関する包括的な「知」の構築を支援する立場からのShifting Perspectiveの紹介は、日本の社会的弱者の社会との関係における知的エンパワーメントとして、そのSTS的な実践的価値の高いことは言うまでもありません。

どちらの計画も、STSの大きな枠組みでの位置づけや意図が明確なだけでなく、実行内容が具体的に示されています。海外との半構造化インタビューや分析など実際的な苦労は多いかもしれませんが、計画がうまく進められることを期待します。

【追記】

柿内賢信記念賞の募集、選考、授賞に関わる一連の業務は、2005年以来当学会が全面的に委託を受けて参りました。このたび、財団法人倶進会の方針により、柿内賢信記念賞の公益事業としての性格をより明確にするために、来年度より、公募から授賞に至る過程で倶進会自身の主体性を高め、広く国内から公募する方向の改定が行われる予定です。これまでも、応募は科学技術社会論学会員に限定してはいませんでしたが、今後はより幅広く募集広報がなされることになります。とはいえ、科学技術社会論分野の研究課題を募集対象とすることに変わりはなく、当学会としては今後も深く関与していくことになります。受賞者にとっては、競争率が高まる反面、賞の社会的ステイタスが高くなるというメリットがあります。引き続き、積極的な応募を推奨致します。

2011年度受賞者 研究計画要旨

奨励賞

見上公一「バイオリソースの構築に関する研究 ―科学社会学の視点から―」

本研究は「生命の価値」という考え方を背景として、日本でも国家的な科学技術戦略の一部として進められているバイオリソースの構築について科学社会学的な視点から理解することを目的としている。

バイオリソースとはその言葉が表すように生体を資源として扱うものであり、日本におけるバイオリソースの構築は研究活動の促進をその主な目的としている。もともと生命科学分野では生体資源を研究者が研究室などの単位でそれぞれ管理するのが一般的であり、他の研究室がその生体を用いて研究などを行いたい場合には個々に連絡を取り合うなどの方法で共有されていた。しかし、20世紀後半からの生命科学の急速な発展を受け、日本においても生体資源が国家として戦略的に管理すべき貴重な存在として認識されるようになってきたようである。日本におけるバイオリソースの拠点としては理研バイオリソースセンターや医薬基盤研究所といった研究施設があるが、それ以外に文部科学省では生命科学の総合的な促進を目的としてナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)を実施してきた。

科学技術社会論における近年の「生命の価値」に関する議論では特にヒト由来の生体資源が注目を集めてきたが、そのような議論の背景には医療応用に対する社会的な期待が感じ取れる。しかしながら、上記のような基礎研究の為のバイオリソースの構築については同様の議論が必ずしも適当ではないように思われる。本研究では、(1)どのような生体資源がどのような理由からバイオリソースとして扱われるようになったのか、(2)バイオリソースとして管理するということは一体どのような作業や行為が求められているのか、そして(3)バイオリソースの構築によってそれを利用する研究の環境がどのように変化しているのかという三つの観点から調査を行うことで、「生命の価値」の議論に対して新たな視点を提示していきたい。

実践賞

上田昌文「食品放射能汚染の計測の合理化・適正化に関する社会実験的研究」

食品の放射能汚染をめぐって、現在、消費者の間に不安が高まっている。そもそも暫定基準値が緩やかすぎて安全を保証しないのではないかという疑義に加えて、サンプリングの問題(検体の抜き取り数や抜き取り方が十分でなく、手にした商品が基準値以下かどうかを必ずしも保証しないという不安)や測定体制の問題(検査すべき品目の多さに対して測定器が足りないことや測定に時間がかかることなど)もあって、市場に出た産品に対しする不安がぬぐいきない。一方、検査を担う側にしてみれば、しらみつぶしに可能な限り多くの品目を測定したとしても消費者は納得してくれないのではないか、という不安を感じつつ、膨大な時間とコストかけて測定器をフル稼働させることになる。

農畜産物・水産物の産直・共同購入をすすめてきたいくつかの団体では、検査機器を新たに導入し、政府・自治体に比べてより細やかな測定とそのデータの公表を始めているが、会員(消費者)の声や動向が直接に伝わってくるだけに、検査体制が抱えている諸問題がより鮮明に現れてきてもいる。すなわち、例えば、①放射能測定時期の妥当性、②測定品目選択コンセプトの妥当性、③測定値の有効期限、④再測定した場合の「不検出」の判断、といった問題に直面している。

ここでの課題は、(1)消費者の納得を得ると同時に生産者や計測部署の負担を軽減する、放射能計測の合理化が求められているが、それを実現するには、放射性物質の挙動が関わる、土壌、生物体の構造、生態、生育・生理にかかわる必要な知見を整理し、それらの知見を実際の検査体制の合理化にどうつなげることができるかを探ること、(2)その合理化をふまえた、消費者への情報提供をどう適切になしていくかを検討すること、であろう。

本研究は、国や県から公表された種々のデータの検討を土台に、計測の合理化の手順を見出し、それを、自主検査をすすめてきた諸団体の協力のもとに社会実験的な試行につなげ、生産者と消費者の双方の意見を聴取して、上記の2課題の解決を目指す。

実践賞

渡部麻衣子「ダウン症に関する社会的認識の形成:「親の視点」を表現する活動としての「Shifting Perspective」(英国)の分析と実践の援助」

本研究は、プロのカメラマンであるダウン症の子を持つ親が開始した写真活動であるShifting Perspective (SP)を、「親の視点」に基づいてダウン症に関する社会的認識を形成する試みとして位置付け、質的調査を通じてその内容を分析すると共に、我が国に紹介することを目的とする。

SPは、2003年に開始し、2005年から英国ダウン症協会の賛同を得て、参加アーティストを増やしながら、英国内外で毎年作品展を開催してきた。2011年からは、プロジェクトにおいてこれまでに発表した作品を電子カタログ化し、ウェブサイト上等で公表している。この活動は、ダウン症に関する遺伝学的知識と出生前診断技術が発展してきた社会の現状と照らし合わせる時、重要な意味を持つと考えられる。      

SPは、ダウン症に関する科学的知識とそれに基づく技術が発展する一方で、親が各々の生活を通じて獲得してきた「認識」を、写真という媒体を通して社会に発信することで、ダウン症に関する包括的な「知」の構築に貢献する試みと言える。それではSPを通じて発信されている親の「認識」とはどのような「認識」であり、それはダウン症をめぐる科学技術と社会の現状においてどのような「意味」を持っているのか?これが本研究の問いである。同時に、ダウン症に限らずあらゆる障害や疾患に関する包括的な「知」の構築を支援する立場から、SPを、我が国に様々な形で紹介することを計画する。

尚、本研究は、現在遂行中の、科学知・科学技術の生産過程において「社会的マイノリティー」の参加を阻む構造と、参加を可能にする条件を解明することを目的とした研究の一部として行う。遂行中の研究にでは、国内外での質的調査に基づき、「ダウン症」に対する医科学の「認識」と、親が生活を通じて獲得してきたダウン症に対する「認識」の違いを確認することを目指している。本研究は、このうちの後者を確認する調査の一端を担うものである。

謝辞:選考委員の先生方には深くお礼申し上げます。