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投稿日 2008年11月1日

2008年度柿内賢信記念賞研究助成金の選考結果について

選考委員会委員長

宗像慎太郎(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
審査委員(五十音順)
上田昌文(NPO法人 市民科学研究室)
調麻佐志 (東京農工大学)
塚原修一(国立教育政策研究所)
白楽ロックビル(お茶の水女子大学)
平田光司 (総合研究大学院大学)

科学技術社会論学会では、財団法人倶進会のご厚志をいただいて2005年度から「柿内賢信記念賞研究助成金」を設け、対象を会員に限定せずに広く公募しています。4回目となる今年度は、17件(記念賞0件、奨励賞10件、実践賞7件)の応募がありました。2007年度の23件には及ばないものの、応募件数は確実に伸びており、本事業の知名度の高まりと定着を実感できるレベルとなって参りました。当学会は本事業をさらに進め、科学技術社会論の発展と研究者の支援に努めて参ります。

受賞者・受賞研究の選考に当たり、当学会では理事会のもとに研究助成金選考委員会を設置して慎重に審議を重ねた結果、下記のとおり奨励賞2件、実践賞1件を授与することと決定いたしました。記念賞については、受賞者なしといたしました。

【選考結果】

奨励賞:

東島 仁「自閉症スペクトラム障害の遺伝的側面の研究から生じる倫理・社会的課題の抽出と分析」
山本 圭「ウェブ・アーカイビングが民主主義にもたらす影響の研究」

実践賞:

小林 俊哉「国内環境研究者の環境影響・社会的影響に配慮する意識の研究」

選考を振り返って

1. 選考方針について

1-1. 基本方針と選考プロセスの概要

選考に当たっては、「科学技術と社会の界面に生じるさまざまな問題に対して、真に学際的な視野から、批判的かつ建設的な学術的研究を行うためのフォーラム」という、当学会の設立趣旨を重視いたしました。この結果、純粋な自然科学研究及び事業開発とみなされる案件は対象外とさせていただきました。また各候補については、応募とは異なる部門における授賞の可能性も検討しましたが、受賞者は結果的に、いずれも応募部門での受賞となりました。

1-2. 各賞について

「奨励賞」に関しては、「今後の研究の発展が期待されるか否か」という視点を加えて審査を行いました。「実践賞」に関しては、「実践的活動を踏まえた」研究提案か否かという視点で選考いたしました。科学技術社会論は従来の学術研究の手法や流儀に尽きるものではなく、広く社会的に提言や発信を行うことも視野に入れており、本賞では、「実践的活動を踏まえた」研究を支援するものです。

授与式は2008年11月8-9日に大阪大学で開催された年次研究大会初日におこなわれた。平田光司学会長(左)から実践賞の賞状を受け取る小林俊哉(右)氏。〈写真:DeCoCiS動画よりキャプチャ
2. 選評

奨励賞:

東島 仁「自閉症スペクトラム障害の遺伝的側面の研究から生じる倫理・社会的課題の抽出と分析」

東島氏の研究は、自閉性スペクトラム障害(以後ASDs)の当事者集団とASDs研究関連アクターを対象としたインタビュー調査・質問紙調査・文献調査を実施し、生命科学的研究を遂行する際に考慮すべき社会・倫理的課題を抽出する、というものです。氏の研究は、科学が社会問題を取り扱う際に、研究プロジェクトと当事者の関係をどう整理し、どのように研究設計に織り込むべきか、というSTS上の大きな課題に正面から取り組むものとして評価されました。

氏は先行して実施したインタビュー調査を通じ、既に「行動遺伝学における社会的・倫理的課題の背景には、関係者間のコミュニケーション上の問題がある」という仮説をお持ちです。氏の研究計画はこの仮説の検証には足るものであるばかりでなく、生命科学研究がその対象者の認識・意見を研究計画に反映するための設計手法のあり方について示唆を得ることも可能であろうと期待されます。

山本 圭「ウェブ・アーカイビングが民主主義にもたらす影響の研究」

山本氏の研究は、Web上で次々と生成・消去していく膨大な情報を収集し保管する「ウェブ・アーカイブ」という比較的新しい取り組みを対象として、その現状と民主主義社会へのインプリケーションを分析する、というものです。市民社会のエンパワーメントにも繋がる反面、社会監視とも言える側面を持つこの取り組みが民主主義にどのような影響を与えうるのか、という氏の問題設定は大変興味深く、本学会による表彰に相応しいものと評価されました。

選考においては、本研究の論理基盤とすべき先行研究や具体的な研究方法が定かではない、という点が論点となりましたが、氏が大学院生であること、将来の展開を期待するという奨励賞本の位置づけを考慮して、最終的には受賞が決定しました。

挨拶をする山本氏。〈写真:DeCoCiS動画よりキャプチャ

実践賞:

小林 俊哉「国内環境研究者の環境影響・社会的影響に配慮する意識の研究」

小林氏は、環境対策技術自体が社会にとって新たな脅威を生みうるものである、という切り口で、近年の環境ブームを見つめ直すという研究を提案されています。具体的には、環境対策技術の研究に携わる研究者がこの問題をどのように捉えているのか、いかなる経緯でそのような考えを持つに至ったのかなどについて、アンケート調査とインタビュー調査を計画されています。STSにおいては、やや社会性の高い科学者集団とみなされる傾向にあった環境科学・工学分野の研究者を批判的に見つめ直すという点が評価されました。

氏は1997年から1999年にかけ、国内研究者の環境意識に関するアンケート調査を実施しており、本研究はその成果を引き継ぐものです。選考においては、収集される情報の分析方法が論点となりましたが、本研究の意義と小林氏の研究業績を考慮して、最終的には受賞が決定しました。

挨拶をする小林氏。〈写真:DeCoCiS動画よりキャプチャ
3. 総評

第四回と回を重ねた本賞ですが、今年度は例年以上に、選出までの過程で研究手法の妥当性や実践との連関について多くの議論が交わされました。このことは、STS研究の学際性や実践性を反映するものであり、本賞を含む当学会の活動を通じてSTS研究者間で多様な方法論や研究・実践手法を共有することが如何に困難な作業であるかを示しています。今回受賞者の研究が、単独の研究として優れた成果を生み出すだけではなく、STSの知的共通基盤の形成に貢献されることを期待します。

受賞者研究内容要旨

奨励賞

東島仁「自閉性スペクトラム障害の遺伝的側面の研究から生じる倫理・社会的課題の抽出と分析」

現代社会における生命科学は、人類の福祉へ大きく貢献することが期待される学問領域である。その反面、再生・終末期医療や遺伝子組み換え作物、遺伝子診断などの倫理・社会的な問題を生み出す領域でもある。21世紀は心の世紀とも言われるが、生命科学領域における心の研究においてとりわけ目立つ存在が、自閉性スペクトラム障害などの「心」に関係する障害の遺伝的な側面の研究である。人間の諸特性の「遺伝的側面」の研究は、その進展が当事者集団に望ましくない影響を与えることが危惧される領域である。そのため、研究の遂行には、研究対象となる疾患を持つ人々や家族当事者と研究プロジェクトの関わり方をどのように設計するかという問題が、つねに付随することになる。だが、150人に1人とも言われる高い発症率や障害特性、遺伝的背景の複雑さなど種々の要因から、社会的にも科学的にも注目を集めている自閉性スペクトラム障害の遺伝的な側面に関する研究に付随する倫理・社会的な課題の検討作業は、特に我が国では、著しく遅れている。そこで本研究では、自閉性スペクトラム障害当事者集団および関連する人々へのインタビュー調査を中心に、自閉性スペクトラム障害の遺伝的な側面の研究に付随する倫理・社会的課題を抽出することを目的とする。さらに、それらの問題を社会的に構成する要素や、それらの関係性の明確化を試みることで、現代社会における自閉性スペクトラム障害を取り巻く科学技術と社会の関係を考察し、当事者集団の認識・意見を、研究実施の過程に効果的に組み込む手法の検討と提案を行いたい。

山本圭「ウェブ・アーカイビングにおける現代民主主義的意義の探求」

今日のアーカイブズ科学は、国際公文書会議が2008年に6月9日を「国際アーカイブズの日」と定めたことから窺い知れる様に、新しい時代を迎えつつある。アーカイブとは、過去の文書や映像、音声資料などの記録と保存を目的とする行為、およびその諸施設、機関を指すが、我が国において、縦横無尽に膨大すると同時に日々消滅していくウェブサイト(私的/公的を問わず)を収集する「ウェブ・アーカイビングWeb Archiving」の重要性が認識され始めたのは比較的最近のことである。したがって、この新技術が提起する問題は、いまだ十分に検討されていないのが現状であり、それゆえ技術的、法的観点のみならず、社会科学的知見にもとづき、この新技術が社会に与えるインパクトを明らかにすることが今日喫緊の課題であると判断される。

このような背景から本研究の目的は特に、ウェブ・アーカイビングが持ちうる民主主義的意義を研究する。確かに、情報技術と民主主義の関係はこれまで「サイバー・デモクラシー」として多くの研究が存在している。しかしながら、それらは主にインターネットが民主主義に与える影響に関するものであり、ウェブ・アーカイビングと民主主義の関連については、我が国のみならず国際的にもほとんど研究されていないのが現状である。ウェブ・アーカイビングに関して、例えば収集されたサイトが一般に公開されるとすれば、それは市民が意見を形成するに際して有用であろうし、市民社会にとって大きなエンパワメントとなることは間違いない。しかしながら他方、サイトを一律に収集、管理することは同時に監視の手段にもなりうるなどの問題点も容易に想像できよう。これらの観点をはじめとし、ウェブ・アーカイビングが民主主義にとっていかなるメリットとデメリットを有しているかに関する包括的な分析を行うことが本研究の目的である。

実践賞

小林俊哉 「国内環境研究者の環境影響・社会的影響に配慮する意識の研究」

地球温暖化問題等、環境問題は今や社会的に普遍的な課題となった。過去の公害問題が、地域的な社会問題として先ず対策が始まったことと比較すると、今日の地球環境問題は広く文化、生活、教育、科学技術等社会の全分野をカバーする普遍的な課題となっている。公害問題では、個別課題への対症療法的な施策や技術開発で対処されてきた。今日の地球環境問題は、対症療法的な対策では手に負えない事例が今後増加する可能性がある。実例として、オゾン層保護のための代替フロンが地球温暖化をCO2以上に促進する。石油代替のための穀物由来のバイオエタノール増産が穀物価格を上昇させ食料危機を招く等が挙げられる。これら新技術が新しい問題を生み出す可能性は、1970年代から指摘されていて、テクノロジーアセスメント(TA)やライフサイクルアセスメント(LCA)、環境影響評価などの概念も既に存在する。しかし、環境対策技術については依然として対症療法的な研究開発が中心で、当該対策技術が社会に広く大量に普及した場合の問題点について関心が低いように見える。環境対策技術も新技術として社会に大量に普及した場合に、新しい問題を生み出す可能性はありうる。また今日の地球環境問題は、かつての地域的な公害問題と異なり対症療法的な対策では対応が困難になってきているとともに、環境問題の規模がグローバルに拡大していることから、上記の「新しい問題」が発生した場合、その影響もまた、より大きなものになりうる。こうした問題を解決するためには、環境対策技術開発に携わる研究者自身が当該課題を意識し、研究開発に反映させていかなければならない。本研究においては、そのために研究者が必要な資質、知識、スキルは何か、それらを身に付ける上で必要な教育は、どうあるべきかを明確化し、社会的に適正な環境対策技術を生み出していくための条件を明らかにする。それによって大学の工学教育、科学教育等に反映させていくべき要素を明確化し、必要な研究倫理を醸成できるカリキュラム開発の基礎資料として役立たせる所存である。

受賞者の成果報告 

奨励賞
課題名:「ウェブ・アーカイビングにおける現代民主主義的意義の探求」

山本圭(名古屋大学大学院国際言語文化研究科)

まず、柿内賢信記念賞奨励賞という大変光栄な賞をいただけたことに改めて御礼申し上げます。若手研究者をめぐる昨今の研究環境が必ずしも芳しいものとは言えない状況のなかで、私のようなまだ十分な実績もない駆け出しの研究者を支援し、そしてチャンスを頂戴したことは、研究を進めていくうえで非常に力強い支えとなりました。本当に有難うございました。本賞の受賞を励みに今後も研究に邁進するつもりでおりますが、さしあたって現時点での成果について報告させていただきます。

〈成果概要〉

本研究の目的は、ウェブ・アーカイビングが持ちうる民主主義的意義とその社会的影響を追究することである。ここで言うアーカイブとは、過去の文書や映像、音声資料などの記録と保存を目的とする行為、およびその諸施設、機関を意味しているが、我が国において、縦横無尽に膨大すると同時に日々消滅していくウェブサイト(私的/公的を問わず)を収集する「ウェブ・アーカイビングWeb Archiving」の重要性が認識され始めたのは比較的最近のことである。このような背景にあって、ウェブ・アーカイビングがもたらしうるインパクトをよりヴィヴィッドに認識するために、そもそも「アーカイブズ」という記録と保存の営みが「民主主義」とどのような連関を持ちうるのかを明らかにする必要があった。ここでは現代民主主義理論、特に熟議民主主義、そして闘技民主主義において、それらのなかでアーカイブズが占めうる場があるとすればそれはどのようなものか、という関心から、民主主義理論とアーカイブズの関係について考察を深めることが出来た。

このような問題関心から本年度は主に、以下の研究成果が得られた。

  • 書評論文「大濱徹也著『アーカイブズへの眼―記録の管理と保存の哲学』」『メディアと社会』、創刊号、2009年。
  • 口頭発表「現代民主主義理論とアーカイブズ―その接点をめぐる問い」日本アーカイブズ学会、2009年度全国大会。

これらの成果をもとに研究論文を執筆し、関連学会などで投稿するべく現在準備中である。

奨励賞
課題名: 自閉性スペクトラム障害の遺伝的側面の研究から生じる倫理・社会的課題の抽出と分析

東島仁

[はじめに]

人間という集団の中で1つの差異の形(もしくは複数の差異の総体)として捉えられ、注目を集める自閉症スペクトラム障害について、科学技術の進歩に伴って出現した知見や技術から生ずる社会的な影響を吟味してきました。その道程を大きく支えてくださったのが、柿内賢信記念賞奨励賞の助成です。科学技術社会論学会の皆様、そして財団法人倶進会の皆様に、心からお礼申し上げます。以下では2010年3月時点での研究成果の概要についてご報告させていただきます。

[成果: 概要と今後の方向性]

本研究は、遺伝情報や脳などの生物学的な情報を示す種々の科学技術の進歩が、自閉症スペクトラム障害を持つとされる人々や親族(当事者)に、直接、間接的に及ぼす影響を探り、そのような知見や技術が産出されて流通する過程に、当事者の視点を組み込む方法を模索することを目的としました。

具体的には、そのような研究に関する当事者の知識、そしてそれらの知識に根差した懸念事項、疑問点などを、約50名の当事者へのインタビューやアンケートによって測定しました。同時に、自閉症スペクトラム障害を持つ人々に関わる様々な業務に従事する方々に対して、我が国における自閉症スペクトラム障害に関する科学的知見や技術の産出・流通体制や、地方自治体、あるいは我が国全体の支援体制の特性に関する聞き取り調査を行いました。

本研究で聴取した意見の中には、自閉症スペクトラム障害の様々な側面が差異として表象されていくことが支援や周りの理解などといった社会的に望ましい反応を育む可能性への強い期待が見られました。その一方で、大きな懸念も見られました。そのような懸念を支え、自閉症スペクトラム障害を持つ人々や親族の日常生活に実際に影響する大きな要因の1つとなっているのが、科学的に妥当でない遺伝観のようです。また、差異が表象されることの社会的な結果が、障害というラベルを受けることに留まり、差異に対する対処方法が明確でない場合が多いことも、社会的課題を生じているようです。日々、新たな展開を遂げる自閉症スペクトラム障害にまつわる諸科学技術が、本研究で示されたような種々の「社会の中に形成された知見」と、今後、どのように、どのような関係を築いていくことが必要なのかという点が、これからの課題だと思っています。

本研究は、当初、「当事者の意見や視点を研究に反映させていく仕組み」の検討を目的の1つとして掲げていました。ですが本研究の結果は、我が国の場合には、研究から産出されている種々の知見が、分かりやすく手の届きやすい形で定期的な更新を受けて供給される仕組み、そして、そのような知見の流通に対する当事者の意見や視点の組み込む仕組みの必要性が、同等、あるいはそれ以上に大きいことを示しているように思います。今後、これらの点も視野に入れて研究活動を進めていく予定です。

[成果: 発表状況と今後の予定]

現在までに、学術雑誌、学会および研究会で発表した研究成果を、以下に示します。

発表論文 

  • 東島仁, 指摘された差異と、その波紋 -自閉症スペクトラム障害概念の変遷を辿る-(英題 Meanings of difference? – changes and transitions of Autism Spectrum Disorders-), 人文学報, 100号, 2010年4月発行予定.

発表学会・研究会

  • Jin Higashijima, Considering social aspects of mind and behavior research: An Autism Spectrum Disorders case. Brown Bag Lecture, University of Zurich, Zurich, Switzerland. March 2010.
  • 東島仁. 自閉症スペクトラム障害の遺伝的側面の研究における倫理・社会的課題の検討, 自閉症遺伝子研究の倫理勉強会, 金沢大学. 2010年2月.
  • Jin Higashijima, Ethical implications of research on the genetic aspects of autism spectrum disorders: A qualitative study of parental opinions in Japan. East Asian STS Young Scholar’s Meeting in Kobe, Kobe University, Kobe, Japan. December 2009.
  • 東島仁・加藤和人,自閉性スペクトラム障害の遺伝的側面の研究における倫理・社会的課題の検討,日本人類遺伝学会第54回大会,高輪プリンスホテル, 2009年9月. 
  • 東島仁・加藤和人,自閉性スペクトラム障害の遺伝的側面の研究における倫理・社会的課題の検討,第9回臨床遺伝研究会,高輪プリンスホテル, 2009年9月.

未発表の結果については、少なくとも2件の学術雑誌への投稿と研究会での発表を予定しています。

1.投稿予定論文の予定タイトル

  • Public understanding of “genetic mutation” in Japan: university students and parents of children with Autism Spectrum Disorders
  • Parental attitudes of genetic/genomic research on Autism Spectrum Disorders in Japan)

2.発表予定の研究会など

  • Jin Higashijima, Science and society: Autism case in Japan, The 1st Japanese-Korean Workshop for Young STS Scholars. Soel University, Korea. March 2010.

実践賞
課題名: 「国内環境研究者の環境影響・社会的影響に配慮する意識の研究」

小林 俊哉
富山大学 地域連携推進機構
(前職:北陸先端科学技術大学院大学)

柿内賢信記念賞研究助成金・実践賞を受賞させていただき国内環境研究者の環境影響・社会的影響に配慮する意識の研究という、先行研究の乏しい領域に新しい地平を切り拓く一歩を踏み出させていただいたことを、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

本研究のポイントは地球環境問題の深刻化の中で、環境対策技術については依然として対症療法的な研究開発が中心で、当該対策技術が社会に広く大量に普及した場合の問題点について関心が低いように見える現状への危機感から出発しました。以下2010年1月末までの成果について報告させていただきます。

[成果報告]

本研究の研究目的に記述した通り、環境対策技術も新技術として社会に大量に普及した場合に、新しい問題を生み出す可能性はありえます。それはオゾン層保護のための代替フロンが地球温暖化を促進するなどの実例が示す通りです。また今日の地球環境問題は、かつての地域的な公害問題と異なり対症療法的な対策では対応が困難になってきているとともに、環境問題の規模がグローバルに拡大していることから、こうした「新しい問題」が発生した場合、その影響もまた、より大きなものになりえます。それゆえ環境対策技術開発に携わる研究者自身が、当該課題を意識し、研究開発に反映させていかなければならないと考えます。

そこで以下の3項目を明らかにすべく調査研究を推進いたしました。

  1. 環境研究者が上記課題に意識を向けていくために必要な資質、知識、スキルは何か、それらを身に付ける上で必要な教育はどうあるべきか。
  2. 1.によって大学の工学教育、科学教育等に反映させていくべき要素を明確化する。
  3. 1.と2.によって、環境研究者に必要な研究倫理を醸成できるカリキュラム開発の基礎資料作成と社会的に適正な環境対策技術を生み出していくための条件を明らかにすることが本研究の最終目標です。

上記の研究目的3項目に照応する、現時点の成果に基づく知見は以下の通りです。

  • 高等教育のカリキュラムとして、環境対策技術研究者に環境意識・社会意識醸成を図るのであれば、「ポストドクター教育」とでもいうべきカリキュラムが必要です。その教育内容はポスドク若手研究者自身の研究分野を俯瞰的に把握する知見を研究者に付与することです。
  • しかしながら、より高度な専門化を追求する途上にあるポスドク若手研究者に俯瞰的な視点を持たせしめることは言うは易く実行は困難の典型でもあります。研究分野ごとの特異性も考えカリキュラムを練っていく必要があります。
  • 一方で重要な取り組みは、初等中等教育段階におけるESD(持続可能性教育)を充実させることです。
  • 今回調査の事例では研究者自身の成長過程の中で公害問題が原体験にありました。
  • そうした原体験に照応する擬似経験を、これからの世代の教育に反映させることが必要です。
  • 教育目的の重要なポイントして、①環境配慮は、結局は業務、製品の効率化につながる。②環境配慮は、あらゆる人間活動の持続可能性を担保する。という観点を教育で伝える必要があります。
  • 以上の観点を「エコロジカル・インテリジェンス」として初等中等教育に反映させるべきという指摘を今回の調査で得ることができました。

今後は、こうした研究者が環境意識を形成する上での指導教員等からの影響や、後進指導への反映の実情を把握し、環境教育の発展に役立てる所存です。