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投稿日 2010年1月21日

東アジアにおける科学技術社会論(その2)

会長 中島秀人

前々号のニューズレターでは、東アジアにおける科学技術社会論の発展について、日中韓の3国の研究者が2000年に共同で発足させた「東アジアSTSネットワーク(East Asian STS Network)」を中心にご紹介した。これと混同されやすいものに、「East Asian STS Journal Network」がある。英語で書くと’Jounal’の部分のみが違いであるが、組織的な違いについて詳しくご説明したい。

前号に表にしたが、「東アジアSTSネットワーク」の第2回の会議はソウルで開催された。この会議から、「東アジアSTSネットワーク」に台湾の代表も参加するようになった。台湾では、この時期以降、STS夏の学校の開催、欧米のSTS基本論文の中国語訳のテキストとしての刊行がなされるようになった。台湾の清華大学と国立台湾大学の研究者が中心となり、STS関係の活動は活性化した。特に、清華大学の傳大偉教授(FU Daiwie、現在は陽明大学)にはカリスマ性があり、指導的な役割を果たした。

このような活動に対して、当時の民新党政権が関心を示すようになった。この背後には、台湾を訪問したBruno Latourの個人的な寄与もあったと言う。政府の後押しもあって、台湾のSTSのグループは、オランダの有名な出版社Springer社と、STSの英語雑誌を刊行する契約を結んだ。これが、East Asian Science, Technology and Society: an International Journalである(2007年創刊)。主席編集委員は、前出の傳教授である。この雑誌を刊行するために、ほぼ年に一回、雑誌の寄稿予定者と編集委員を中心とする会議が開催されるようになった。これが、「East Asian STS Journal Network」の名称を使用しているものの実態である。

「東アジアSTSネットワーク」の参加者は、当初からSpringerのこの雑誌の出版を支援し、編集委員会にも多数加わっている。これには、日本のSTS学会の関係者も含まれる(個人の資格で参加)。ただし、この雑誌の編集者には欧米の関係者も少なくなく、筆者はこれを純粋に東アジアの雑誌と書くことには抵抗を感じる。むしろ、台湾が東アジアのSTSを中心テーマとして出版している学術雑誌と感じる。筆者のこの見解については、台湾の関係者、あるいは日本で編集委員会に加わっている方々にも異論があるかとは思う(ちなみに筆者も編集委員である)。

なお、この雑誌の創刊に民新党政権のバックアップがあったと書いたが、政権が国民党に変わっても、Springer社とは8年間の出版契約が結ばれているので、政権交代は影響を与えていない。筆者としても、東アジアを焦点に当てたSTSの重要な英語雑誌であるので、今後も政権交代の影響を受けないことを期待している。ただし、この雑誌を支える「East Asian STS Journal Network」が、「東アジアSTSネットワーク」と混同されるのは困ったと感じることもある。特に、台湾と中国本土の「両岸」の複雑な関係がからむだけに、なおさらである。

本稿の結びに、東アジア各国・各地域のSTS学会について触れよう。ただし、中国については、自然弁証法研究会の一部としてSTSの研究活動がなされており、また現段階では詳細が不明であるので、これが判明した段階で稿を改めてご紹介したい。

日本、韓国、台湾の中では、2000年発足の韓国STS学会(Korean Association of Science and Technology Studies)が一番古いようだ。日本のSTS学会に一年先行している。現在会員数は約150名。学会誌として『科学技術学研究(Journal of Science & Technology Studies)』が刊行されているとのことである。日本より古い学会ではあるが、韓国における市民運動と学界との一定の軋轢を反映して、活動には困難が伴っていると聞く。

台湾では、台湾科技与社会研究学会(Taiwan Science, Technology & Society Association)が2008年に発足し、最初の年次大会は2009年に開催された。幸い、この学会にはホームページがある(http:// www.yaw.com.tw/sts/activity.html)。傳教授からのメールによると、発足時の会員は115名だったが、現在ではほぼ140名の会員がおり、うち約40名が学生会員ということである。残念なことに、学会誌を刊行しているかどうかは現段階では不明である。

いずれにしても、日本の科学技術社会論学会は、会員数が約600名と東アジア最大である。アメリカに本拠を置く国際学会4Sの会員は約1300名ほどということであるので、日米の人口比を考えるなら、日本の学会は、人口比では世界で最大クラスの規模であろう。であるとするならば、東アジアそして世界のSTSに、本学会としていっそう貢献していくべきではなかろうかと筆者は考える。


科学技術社会論学会ニューズレター2009年度5号(2010年1月21日発行)より転載